大切な、大切な家族の夢  3

 鏡介が後悔に耽っていると、上から声が降ってきた。


「珍しく起きてると思ったら、また寝る気? とっとと起きなさいよ」


 顔を上げると、そこには苦笑いを浮かべた女性がこちらを見下ろしていた。


「んぁ、時計壊れてた」

「文章で喋りなさい、文章で」


 呆れた口調でキッチンへ向かうのは、母の冬華とうかである。

 あと半年すれば三十五になる、らしい。サバを読まれているかもしれないが、そもそもからして親の年齢なぞいくつでもいい。


 ただ、相当若くに鏡介を産んだとは聞いているので読んでいても二、三だろうか。


 その年齢のせいもあるのか、言動が大分若い。虹架のネット語とも普通に会話できているし、冬華の部屋には、某二十四時間テレビのマラソンで流れる曲のCDが置いてある。けれど、たまに説教臭いことも言う。今のように。


「ほら、ニュース見るからそこ退いた」


 朝五時からニュース? と訝しんだ鏡介が時計を見ると、二本の針は6時過ぎを指していた。


 ───いつの間にやら三十分程考え込んでいたらしい。


「──鏡介、今日も学校行くんでしょ?」

「……あぁ」


 冬華がそんな事を聞いてくる。そして、鏡介は至極マトモな返答を返す。冗談めかして言ってはいるが、これらは知花の死んだ三年前から毎朝繰り返されてきたやり取りだ。


 先も言ったが、知花の葬式以降塞ぎ込んだ鏡介は、しかし冬華や和輝の懸命な努力により、不登校にはならなかった。ただ、母はしっかり知っていた。



 それは、鏡介の学校へ対する思いだ。



 学校とはどんな所か、と訊かれれば、大抵の人は勉強をするところ、友達に遊ぶところと、こう答えるだろう。後者は少数だろうが、多少はいよう。


 鏡介も、その思いを持っていない訳ではない。ただ、大部分は「モカに会う口実」と、そんな風に思っていた。


 いつからか。恐らくは、自分は知花が好きなのだと気づいた日、その更に前から。


 自分と知花、和輝の三人で登下校中に喋ったり、そんな毎日。それがたまらなく楽しく、幸せで。けれど、和輝抜きの二人きりが良い訳でもなかった。具体的に言えば、この付き合いで今更ながら死ぬほど恥ずかしい。


 兎も角、知花の居ない学校は鏡介にとって無いも同然だった。辛うじて、和輝といるときが唯一の楽しみだった。


 それなのに、二年に上がってから和輝とは実に五年振りにクラスが離れてしまい、和輝による会話がてらの簡易カウンセリングも回数が減ってきてしまっている。会う回数が減れば、積極的に人と関係を持たがらない鏡介はどんどん孤立し、心の淋しさを拭い去ってやることも出来なくなる。


 それ故に、学校という場所に対してそれ以上の意味を見出だせず、何も感情をいだかずに日頃から空虚に生活しているあの場所学 校。あそこにこれ以上いることを、母なりに本気で心配しているのだ。


 流石に事が事であるし、冬華は鏡介が不登校になっても致し方無いと思っている。確かに愛息子の将来は心配だが、この・・様子では進学や就職どころではないのは確かだろう。


 子供っぽく、それを素直に鏡介に訊けないことだけは残念だが。


 冬華がテレビをつけ、ニュースを読み上げるアナウンサーの爽やかな声が聞こえてくる。途中から流れたので、冬華は何の話やらさっぱりの様だ。


「今日朝のHRホームルーム早いから弁当速くしてね」

「今日、初めてマトモに言った科白がそれかい。息子よ、もっと言うことはないのかね?」

「……おにぎり梅飽きたから具変えといて」


 何かの切れた音がした。


「ほらよ。『梅弁当』だ。梅干し、梅練うめねりにペースト。何でもござれだ。喜べ」

「ご報告遅くなりましてすいませんでした」

「す『み』ません、な。若者めが」


 長くなりそうな細々しい説教を聞き終わるより先に、鏡介はダイニングへ撤退した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る