第17章「繋ぐ決戦」
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国が操っていたであろうはずの鬼が進撃してきた大湊城。枯れ谷の巫女アオバによる要求を受けて、急ぎ向かった白鈴たち。彼らの到着でなんとか東姫は一命を取り留める。城も城下町も含めて、どこもかしこも混乱が起きていた。
東姫ことタマキは、護衛のミドリ共に安全な場所へと移動した。危機が去ったわけではない。鬼はまた襲ってくるだろう。そうすべきである。
城内で白鈴たちは、改めてほかの仲間たちとの集合を実現する。
雲残を追った上井といなび彼らもいる。一人も欠けていない。
鈴は取り返せなかった。しかしそこは問題ない。カシワの鈴はアオバが持っていた。はじめからあの男に奪われていたわけではなかった。
「タマキさん」ヒグルは間を置くと言い直す。「まさか東姫のお腹に子供がいたなんて」
糸七は呟く。「驚いた」
「ってことは、火門は生きてる?」
いなびはそれが当然であろうと考える。
白鈴はすんなりとは同意できなかった。
「どうだろうな。二人が最後に会ったのはずいぶん前のことらしい。ヌエであるミドリも火門の居場所までは知らないと言っていた。生死のほどは判らない」
「国がこんな状況になっても、姿を見せねえってことは、まじで屋水姫に殺されたんじゃねえか?」
そう簡単に殺されるようなものではないとは思いたい。大湊の実力は、若い頃の祖父に劣らないと聞く。ヌエがそれを許すとも思えない。とはいえ、何があってもおかしくない。
決定的と言えるのは、火門とタマキは新たな命を授かった。
民の間では、幽鬼溢れる国で、心から待ち望んでいた者もいる。
「影武者か。なるほどな」上井は事情を聞いて、しばらくのあいだ黙っていた。ようやく口を開く。「父親を戦で亡くし、次男は鬼と戦って死んだ。その後間もなくして、三男は毒殺。祖父は、体調を崩されて……。恋い慕っていた、理解があったという、屋水にいた女性も死んだ」
「たしか、母親は病死、だったよね?」
「ああ。戦争よりも前の話にはなるがな」
「笑えねえ話だな。これで本人まで死んでたとしたら」
「手薄となった城は、東姫が攻撃されるとは考えていなかったのか?」
上井は疑問に思う。守らねばならないはずだと。
「屋水姫は柄木田の指示で動いていたらしいが。聞く感じそういうわけでもないそうだ」
白鈴はミドリから聞いていた。『彼女』は大湊真道の影武者の役割を担っていた。『彼女』が鬼を操っていた。
柄木田の死を考えると、東姫殺害は柄木田が指示したわけではないと見て取れる。
「手に負えなくなったんだろ」
「カシワと同じ。みんな、街の人たちを助けてるんだと思う。さっきも東姫は、城下町の人々の避難が先だって言ってたから」
「陽動だろう。先程聞いてきた」糸七は言う。「城下にいた鬼は、急激にその数を減らしている」
殺害に失敗したわけだ。急ぐ理由が無いのだとしたら、別の方法にしたと考えられる。
「ヒグル。柄木田は、母親なのか?」
「黙っててごめんなさい」
「えっ。柄木田とヒグル。全然似てないよ?」
「別大陸出身、ではなかったか?」糸七も驚いている。
「うん。あの人とは、血は繋がってない。私も子供の頃、白鈴と一緒、ここから遠い大陸の、海の見える施設にいて。そこで魔女の力を与えられ、魔法使いとなった私は、用済みとしてあの人に捨てられた」
「なんで?」いなびは率直に問う。
「なんで? 魔法使いが生まれる仕組みについて調べていたみたい。だから、魔法使いになった私は用済み。いらなかったの」
「ヒグルが、この国にいるのは」
「そう。あの人を追いかけてきた。一人で生きてきて。忘れられなくて。でも、忘れられそうになった頃になって、またあの人の名前を聞いて」
彼女は複雑な気持ちで立っていた。追いかけてきた。悲しみはある。しかし、子供だった頃よりも感情の度合いが弱いような。虚しさを感じる。
会うことで、私はどうしたかったのか。
あの日の私は。白鈴が『柄木田五言がいるという施設』から逃げてきたと知って。
彼女は抜け穴を出る直前に、「覚えててくれたんだ」と呟いていた。
「私の話はおしまい。それよりも大事なことがあるよね」
「いいんだな」
「うん」
彼らは今後について話し合う。屋水の神『屋水姫』、昔々の化け物『大湊の化身』、溢れては暴れる鬼、問題は山積みである。
「大湊の化身は完全には復活していないってどういうこった?」
目黒はその事実に衝撃を受けた。この場にいる多くが、そのような考えはなかっただろう。決して推測ではなく、見たままを白鈴が口にした。
「分かりやすく言うと、防がれている。祠は過去のツキビトが残したものだからな。たしかに大鳥の祠の封印は解かれた。だが今のところ、鬼の足だけが出ているようなものだ」
「足? 鬼の足?」いなびは首を傾げる。
「屋水姫が未だ大鳥の祠で蓋を開けている。開け切ったら、それが最後だ」
「ってことは。やつを倒せば、開いた蓋はまた閉じられる、ってことでいいか?」
「そういうことだ」
「おうおう。わかりやすいじゃねえか」
彼らは再度挑む気でいた。その力に圧倒されたはずだ。
経験していようと、挑まないわけにはいかなかった。
白鈴はふと空に目をやる。異変を感じた。
「なに? 何か見えた」ヒグルも気付く。
上井は目を凝らす。「雷、ではないな。なんだ?」
数匹の鬼が飛んでいる。星のない夜に、『何か』が走ったように見えた。
「血管、みたいかも?」といなびは呟く。
「血管かもな」糸七は頷いた。
「お前らな、よくも。怖えこというなよ。段々とそう思えてきたじゃねえか」
「だってええ」
「雨が降ってるな。黒い雨だ」
白鈴は次に起きる出来事を知っている。
彼らは思いのほか落ち着いていた。騒ぐ気にはならなかった。
「一度負けたぐらいでなんだ。辛くもねえ戦いなんてあるもんかよ。ほんとにつれえ時ってのは、何もできなくなった時だ」
出発直前になると、いなびは質問する。これから戦おうとしている相手は屋水にいる神様であり。
「白鈴。はっきり言って今も一緒とは思えないけど、大鳥の祠にいたアレは、屋水姫は、白鈴なんだよね?」
「そうだ」
「なら、どうにか説得はできないの?」
「彼女は、私ではあるが。もう一人の私だが」
それが難しいのは知っている。
「白鈴は『人でありたい』と望んでいた。彼女は『鬼だ』と口にする。そこだけでも違いがある」
ヒグルはゆっくり両者の差異を述べた。それから考えても、彼女は白鈴と同じ「答え」が出てしまう。
言葉では解決できないのか。
「たしかにそうだね。ごめん、変なこと聞いて」
「いいや。こちらこそすまない。止めるしか、方法はない」
「共に戦えて、誇りに思う」
彼らだけではない。この国に住む者も戦っている。彼らの旅はいよいよ最終局面を迎える。人々の願いを背負いながら、大鳥の祠を目指した。道中は勿論のこと、戦いは避けられない。
以前よりも草木がその数を減らし、ほとんどが枯れている。目的地に近付くと、大地は荒れており、カシワのように変貌していた。
大鳥の祠もその形を変える。
「ここか」
「いよいよだな」
「この先にやつがいる」
彼らは国の命運を分ける戦場に到着し、それぞれが思い思いの言葉を口にした。直に本格的な冬が来る。それを前にして鬼たちに囲まれる未来を望まない。
言葉にすることで、彼らは先を進んだ。
大鳥の祠、中心には男が立っていた。
「うん? まさか?」とヒグルは言う。
「じゃねえ。屋水姫だな」
彼女は大湊真道の姿でそこにいた。『未だ大鳥の祠で蓋を開けている。』白鈴が言ったとおりだ。
嫌な気配は増している。歪な空間。足音が聞こえる。
「凝りもせず戻って来たか」
「おうよ。俺たちは戻って来たぜ。喜べよな」
「来ないと思ってたの? それは変でしょ」
「愚かな。じっとしていればいいものを。お前たちが勝てると思っているのか」
「負けられないんだ」糸七は槍を強く握る。「まだ終わっていないから」
「お前も。自身のことを、理解したのではないか? 少しは私を受け入れる気になったか」
白鈴は前に出る。「なぜ、国を亡ぼそうとする?」
問われようと、屋水姫は黙る。二人は互いに見つめ合った。
「そうだな。話しておいてもいいのだろう。もともと私に、この国を亡ぼそうなど、そんな気などなかった」
彼女は何もない空間を見詰めている。
「それならどうして」とヒグルは呟く。
「お前は、私だ。過去の私、と言おうか。しかし考えが変わった。私が、私となった時に。そう、あの女は、可能な限り『鬼』を集めたかった」
「あの女?」
「柄木田か」白鈴にはそうとしか思えない。
「大湊の国を蔓延る、忌まわしき鬼たちを集める。私を餌として。あの女は大量の鬼を一箇所にまとめて潰す気だった」
「餌?」
「鬼を集めて、潰す」
「なんともバカげた計画だが、やつは真剣だった。それが『最善』であり、それが『可能だ』と信じていた。最後に、あの男、大湊真道に、この私を斬らせるつもりだった」
「火門は、生きているのか?」
「生きている」
「どこにいる?」
「答える義理はない。どうせ死ぬ」
沈黙が続くと、屋水姫は静かに話を続ける。
「私は望んだとおり動いてやった。鬼を集めて。従えさせて。支配した。いうことの聞かないやつは、どちらが上であるかを叩きこんだ。従順とまでいかないやつには手を焼いた。それが、皆のためになると考え。だが疑問に思わないか? どうして私が思い通りに動かねばならん? 死なねばならない? 私が、叶えなければならない? 私が何かしたのか? お前たちは、『何か』したのか?」
「それは」
「実際、あの女の腹の底は知らない。大鳥の祠に目を付けた私を、まったく止めようとはしなかった。あの女の望むかたちとは真逆なことをやっているつもりだったが、それどころかただただ関心していた」
「だから殺したのか」
「いいや。微塵も殺す気にもなれなかったが。あの女は死んだようだな」
「東姫を守ってね」
糸七は問う。「屋水姫。人が憎いのか」
「憎い」
白鈴は念のため問う。「今ならまだ間に合う。やめる気はあるか」
「……ないな」
「それならしかたない。全力でいかせてもらうぞ」
「ああ、来い。相容れぬ者同士だ。決着をつけよう」
屋水姫は刀を取り出した。彼女は大湊真道の姿で戦う。
負けられない。そんな彼らの争いは一口に言うと、どちらか一方だけに偏る内容となる。
生きようとする。白鈴を含め彼らは、ここまで幾度も強大な鬼たちと衝突してきた、いわば「つわもの揃い」。幽鬼で悩んでいた国で、多くの困難を乗り越えてきた者たちである。茨の道を辿りに辿り、一度は散り散りになれど、生半可な気持ちでここにいるわけではない。
しかしながら対するは、屋水の神『屋水姫』。大昔、この大湊の国で、伝説として語られてきた存在だ。その少女は美しく、そして刀を振るえた。鬼をも魅了した女。神となった女。不明な点も多いが、すべて語られてきた言い伝えが正しければ、大鳥の祠にいる化け物だろうとその力に劣ることなく、武勇に優れていた。
最後は人が盛った毒にやられたとはいえ、少したりとも侮ってはいけない。
白鈴はシュリの体に憑依し、屋水の巫女の肉体で埋火蝶陰影を振るう。
彼女の「力」は以前よりも増している。
だがそれが、相手に有利に働くかは別である。
「手の内は知っている」
白鈴の技は、有効な手段としては遠く及ばなかった。どれだけ彼女に実力があろうと――相手は屋水姫。
考え方が異なろうと、白鈴も屋水姫。
鹿角。そう易々と、その技――振り下ろした一撃は――受け止められるものではない。
知っているから、などと言った単純な理由では説明ができない。
「力」だけでいえば、巫女の肉体を得た白鈴よりも、「屋水姫のほうが強い」としても。
屋水姫には、白鈴の攻撃がどれも大きな痛手とはならなかった。
その差は歴然としている。仲間たちでは言わずもがな、ただし彼らも簡単にやられるはずもなく。
「まだ立ち上がるか」
屋水姫は感心していた。ここまで彼らは合間に与えた危機を乗り切っている。
心を一つにして、彼らは抗う。
白鈴は戦闘を続けるが。埋火蝶――。
「言ったはずだ。手の内は知っている。お前では、私には勝てない」
いくら試そうが証明するかの如く、どれも通用しなかった。しかし。
「一人じゃない。シュリもいる」
「同じことだ」
場面を変える。
言うまでもなく、戦いは大鳥の祠だけで起きているわけではない。「カシワ」では変わらず、鬼の群れが町を襲っている。代表シノハラとそしてカシワの住人は、ノボリから来た侍たちと協力して脅威と立ち向かっている。
主人不在のお城、山の上にある「大湊城」でもそうだ。東姫は持って生まれた気質からして隠れた生き方を好まなかった。城下町の住人を避難させては、彼らと共に身の安全を確保する。力を持たぬ私たちは、一人ではどうすることもできない。逃げようとすれば、誰が優先されるのかは自ずと答えが出る。タマキはただ信念に従う。
この国でも、鬼と戦えるものはそう多くない。もう虫の息と考えようか。想像よりも踏み止まっていると考えるか。
星のない夜に、「屋水」ではというと。
ここでもお社には避難した者たちが集まっていた。ほかに、彼らがどこに逃げよう。この空の下、安全であろう場所など、どこにあろうか。
お社に、神はいない。彼らが信じる神は、お社を留守にしている。
本殿には代わりに可憐な巫女がいた。
屋水の巫女リュウはこの時も眠っている。縮んだ体、どれだけ願おうと眺めようと、目覚める雰囲気はない。
ここが唯一安全であろう。残念ながら、そんなわけがなく。
境内には、男がいた。白髪の老人が一人、彼は刀を腰に差し、本殿の前で時を待っている。
「来たか」
彼は気配を感じた。大湊六代火門忠文、人々を背に戦いにいざ赴く。
森に姿を現すは、巨大な骸骨。鬼『がしゃどくろ』。死者たちのその怨念たるや、人では勝ち目がない。
軽視できない戦力だ。なぜ、こんな時に屋水を襲うのか。屋水姫が目的を果たすための最短の道は、祠で『大湊の化身』を復活させることである。
屋水姫は勝利を徹底した。即ちこの先、障害となるものを排除しようとした。
はじめ彼女は妹であるシュリを手に入れたかった。手元に置くことで、それは確実へと近付く。気持ちもいくぶん晴れる。
しかし、その望みは叶わなかった。枯れ谷の巫女アオバに阻まれ、ようやく居場所を突き止めた頃には、なにをしても手遅れとなる。
衰弱している。死んでしまうかもしれない。生きてほしい。このさいリュウでも構わない。リュウが何もしないとも限らない。
そういった思惑があるなかでとなる。勝てた者がいない鬼『がしゃどくろ』を相手に、大湊忠文は一人で戦おうとしている。
彼の元に――もう一人男がやってくる。
嵐風門藤十郎。これは彼の念願でもあった。
「聞いてはいたが、これがそうか」
神様不在の屋水、ここで終わりのはずはなく。
「勝負に口などいらん」
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