_2の2 近付く影 正体 蘇る記憶
第13章「なんのその忍び娘」
・13
誰かに言伝をするわけでもなく、彼らのもとを離れた少女いなび。白鈴たちは消えた彼女の行方を追った。彼らは、ことのは村からどこに向かうべきか見当はついていた。
間関の里に向かった。近いわけではない。しかし、「いなびは間関に帰ったのだろう」という予測はあながち間違いとは言い切れない。彼女には『目的』があった。理由はなんにせよ、生まれ育った場所へ戻ることも彼女の頭の片隅にはあったはずだ。
昼頃の陽光が、風情あふれる静かな村を優しく照らしている。
「ひとつ尋ねたい。『いなび』、という名に心当たりはあるか?」
白鈴は到着してさっそく村人に尋ねた。男は細く小さな川で山菜やキノコを洗っていた。
この時、白鈴はお面を外した上井ヒユウと一緒に行動している。集団で動くことを避けた為である。シュリは糸七といる。ヒグルは目黒と行動している。
「いなび? いなびっていや。ああ。あの子の友達か?」
男は一度視線を外しながらそう言った。
「間関にいるのか?」
「ここしばらく村で見てなかったが、最近、姿を見かけたな。いつの間に帰ってきたのか」
予想通り、というところだろう。彼女はあれから何事もなく、無事間関の里に帰っている。
「どこをほっつき歩いていたんだか。たった一人で村を離れて。汚名をすすごうと息巻いていたようだが。それははてさて果たせたのか」
「どこに行けば会える?」
彼は間を置く。「家に行っても、いないことのほうが多いだろうしな」
「両親は、いないのか?」
「いなびの両親? ああ、まあ、そうだな」
白鈴は考える。あまり男の反応がよくなかった。
「時間を取らせた。助かった」
彼女がその場から離れようとすると、作業をやめて男は慌てたように問う。
「居場所、知りたくないのか?」
「間関にいるのがわかった。十分だ」
「スマン」男はかさねて引き止める。「あの子が、なにか迷惑をかけたか?」
「そういうのではない」
白鈴は彼の不安を煽らないように、そう言い残して去る。
深入りするのも、どうだろうか。白鈴は思う。――ただ、私が、難しくしているのか。
間関の里に到着してから、彼女はどうしても気になることがあった。当然という「考え」はある。だが、先程の男からも感じられる。独特な強い視線。ひっかかり。
「どう思う?」
白鈴は横にいる上井に問いかける。彼も気付いているに違いない。
「忍びの里だ。警戒はするだろう」
特徴的なお面をつけない、素顔の彼に緊張の色は見えなかった。
続けていなびの行方を探していると、白鈴は村にある大きな食事処を見つける。ここであれば少なくとも、「いなびに近付けるのでは」と彼女は考える。
いなびがこの店に通っている可能性はある。運が良ければ、ちょうど会えるかもしれない。
間関の住人にとって、彼らは見知らぬ顔だろう。それは明らか。店の主人といい、客といい、二人が入るや否や、彼らは会話をぴたっとやめる。
白鈴はしれっとした態度で、相手を探して質問した。
「ひとつ尋ねたい。『いなび』、という名に心当たりはあるか?」
若い男は上井に少しだけ目をやる。「知っている。んで、それがなんだ?」
「間関にいると聞いた」
「その話。ソレ。他の奴もさっき話していた」食事処まんぷくの主人、彼は心持ち興奮している。「トドロ、本当なのか? いなびが帰ってきたって」
「トワ、いま」トドロはそう言って、溜息をつく。「おまえ、すげえ心配していたもんな。よかったな。その話、嘘じゃあねえぞ」
「あのいなびが、
「見たぞ。しっかりと。この目でよ」
「ほんとにそれはいなびか? いつ、どこで会った?」
「昨日の昼過ぎ、俺が屋敷で、予め決まっていた、ここ最近の鬼の増加についての話し合いに向かっている時だ。そこで、あいつ。イワノメ様に向けて、また抗議をしてやがった」
トワが頷いている。彼は想像ができたようだ。
「イワノメ?」白鈴には、誰であるかわからなかった。
「現在の、間関衆の代表、里長だ」上井がそっと答える。
「『また』、というのは?」
トドロは迷いを見せる。
「『間関衆は、殺害に関与していない。認めてはいけない』」
いくぶん引き締まった雰囲気と同時に、白鈴は思い出した。洞窟での『あの言葉』。
「そうか」と彼女は言う。
沈黙が流れるなか、彼が呟いた。
「どうして、あの人が、死なないといけなかったのかね」
トワは笑った。彼の笑いは空気を一変させる。「にしても、変わらんなあ、いなびは。なんか安心した。それなら
「出ていったのが帰ってきたんだ。賑やかになる。しばらくはあの調子だろうから、おやっさんは大変だろう」
彼らとの会話を終えて、白鈴は食事処まんぷくを出る。欲しかった情報は得た。くわえて、思いも寄らぬ収穫もあった。まんぷくにいる他の客が、「火門が、一人で、枯れ谷で目撃されたらしい」と噂をしていた。
白鈴は歩きながら、元忍び上井に尋ねる。ふと気になった。
「ヌエが見つけたという、間関衆、裏切りの証拠とは、いったいなんだ?」
彼は黙る。
「――手紙だ。ヌエは真実を追及した末に、ある一枚の『手紙』を手に入れた。それが、その後の判断を下す、揺らがぬ証拠となった。内容は、十歳を迎えたばかりである、『大湊真文』殺害の計画」
彼らの活動の中枢となるところ新井戸屋敷、白鈴は上井の案内により間関衆代表イワノメという男に会いに行く。これまでの話を聞く限り、間関衆代表イワノメは確実にいなびと顔を合わせており、言葉を交わしている。行方をおそらく知っている。
これから根深く訪問することから、彼女に懸念がないわけではなかった。ヒグルは言っていた。『大湊と間関衆、関係がすこし険悪である』。
かといって、「尋ねない」という選択も白鈴にはなかった。
「イワノメ殿はいるか。下屋敷いなびについて話をしたい」
上井は、新井戸屋敷は初めてではないように見える。場所を知っていることもそうだが、彼は自らどうするべきかを考え、率先して行動している。そして、同様に危惧もする。
屋敷を案内する男は、二人を庭の見える部屋へと連れていった。
しばし待たれよ。イワノメはいるのだろう。
とはいえ、おおかた予想していた事態となる。
二人は襲撃を受ける。端から相手にしていないのか。「罠」で張り巡らされた部屋だった。どれも捕らえるのではなく、殺意がうかがえ、致命傷を与えるようなものばかり。
並の人間では、と比べるのもおかしな。あまりにも度が過ぎている。
白鈴は一度固く閉ざされた部屋から、庭のほうへと飛び出した。
「わかってはいたが。こうなるか」
上井も脱出している。彼は何も言わない。口を閉じており、戦う用意をする。
周囲には、間関衆。数はいかほどか。忍びだらけだ。二人を取り囲んでいた。
無言で始まる。
彼女からしてみれば、望まぬ戦闘が行われる。
白鈴は数人と、その力をぶつけ合った。しばらくして彼女は多少の進展を見るため声を挙げる。
「イワノメとやら、聞いているのだろ? 話がしたい。下屋敷いなびについてだ」
白鈴の言葉に、返事をする者はいない。どいつもこいつも寡黙だ。けれど、戦闘はたしかに中断していた。一時的に間関衆は攻撃をやめている。
「まだ、続ける気か?」
対話の余地がないと判断すべきか、白鈴が推察していると、その場に「縄」で縛られた二人が連れて来られる。シュリと糸七である。
「白鈴、ゴメン。捕まっちゃった」
「面目ない」
武器を捨てろ抵抗するなと指示があり、白鈴は相手の意向に従うことにした。
「あのあの、ちょっと。縄、きつくない? 少しだけ緩めてもらえると、ありがたいんだけど」
シュリは座っていた。肩を揺らし、体をくねくねと動かしながら、近くにいる忍びに意見する。
その忍びは、わずかな反応はする。だが、縄を緩めることはなかった。
白鈴も、その後、身動きができないようにきつく拘束されている。四人とも捕まり、暴れることもなく、広い庭で横並びとなった。
新井戸屋敷の奥から、男が一人姿を現す。
「イワノメか」
白鈴は言った。彼女には、頬に傷跡がある男がそうなのだろうとしか思えなかった。
庭まで降りることはなく、屋敷内で見渡すように立ち止まる。男は鼻先でふんと笑う。「そう。私が、イワノメだ」
「どういうつもりか、教えてもらえるか」
「このところ、里の周辺では、鬼が増えている。ゆとり、という点で、はっきり言ってお前たちを歓迎できない。小さな体の割には歪な力を持つ女、ひまわり色の魔法使いなど、理解はできるとおもう」
「だから、望みを言えと言っている。『ただ殺す』。そのつもりがないのだろ」
「間関に、何しに来た」
「いなびがここに来ていたと聞いた。いなびの居場所を知りたい」
「いなびはここにはいない。屋敷に訪れた後、昨日から、あの子は間関の里から姿を消している」
消えた。意味合いはあまり良いものではない。明るくはない。白鈴は感じて、黙った。
「では、要望どおり、私の望みを伝えようか」イワノメは落ち着きのある態度を続ける。「いなびを探して、私のもとまで連れて来てもらえるか。あの子に、話し忘れたことがある」
相手のやり方から、白鈴は意図を汲み取ろうとした。私にやらせたいことがある。そう言っているように聞こえる。
「どうだろう。できるか」
「わかった。引き受けよう」
イワノメの合図により、白鈴と上井の拘束が解かれる。
「わたしたち、は?」
シュリはごねずおそらく理解したうえで問いかけている。糸七は言うまでもない。
「二人は、そのままでいてもらう。逃げてもらっては困る」
拘束時に取り上げられた刀、かげかげを白鈴は返してもらう。
「手掛かりとなるものは何かないか? まずいなびの居場所を知りたくて、ここに来た」
ふん、と彼は思考する素振りを見せた。「現在、この間関の里に、ヌエ、『幸畑』という男がいる」
「幸畑? 幸畑が?」
「いなびは、それを知っていた。もしかしたら。問題を起こしていないとは思いたいが」
「なぜ幸畑が、間関に……?」
「私から言えるのは、このくらいだ」
姿を消したという、いなび。大湊お抱えのヌエ。不穏だ。
穏便とは程遠く望んでいたかたちではなかったとはいえ、それをなんとか終えて、白鈴は上井と共に新井戸屋敷を出た。
ヌエか、と彼女が考えていると、一人の女が横を通り過ぎる。
「下屋敷いなびは、裏山の古いお社に囚われている。お急ぎを」
女は小声でそう言った。振り返ると、その女の姿はどこにもなかった。
手際よく去った忍びと思われる女の情報を頼りに、古いお社があるという裏山へと入る。根掘り葉掘り尋ねたわけでもないので、真偽のほどは定かではない。
上井が言うには、これから向かおうとしている場所には、たしかに今ではもう使われていないお社がある、とのことだった。
あの女の言葉を信じてみてはどうだろう。裏があるとは思えない。
シュリと糸七、二人は新井戸屋敷でおとなしく過ごしている。いなびが見つかるまで、彼らは手厚いもてなしを受ける客人とまではいかなくとも、ある程度乱暴な扱いも受けないだろう。
ヒグルと目黒、二人については所在がわからない。白鈴たちは多少村のなかを探しはしたが、一向に見つかることはなかった。
イワノメという男は指示を下し、きっとシュリと糸七だけではなく二人にも手を出している。これも計画のうちか、状況から察するに、捕まっているわけではなさそうだった。
山を登っていると、白鈴は思いのほか早く幸畑と遭遇する。
いや、そうではない。彼は一人で、彼らの前に現れた。そんな感じだ。
「なんにもない山んなかで、こんなところに、いったいなんの用か、教えてもらえるかな、ちっさな鬼さんよ」
「幸畑。間関の里でなにをしている」
「数が少ないな。他の奴らはどうした」
彼は問いに答える気はない。そして白鈴も、そこは似ていた。
「なるほどな。鬼であることが原因で、喧嘩でもしたか。それとも我慢ができなくて、とうとう食っちまったか?」
無駄な会話だ。仮に居場所を尋ねたところで聞き出せそうにはない。
「どうだ。人は、うまかったか?」
白鈴は静かに刀を取り出した。時間が進むなか、周辺には明らかな気配がある。
「いいか、こいつは俺が相手する」幸畑はそう言って、短刀を取り出した。「男のほうは、お前らでなんとかしろ」
忍びとの戦い。数は幸畑を含めて多くはない。宣言通り、彼は白鈴との戦いに徹した。
それは、以前の「はゆま」での争いを意識しているようにも見えた。
「お前とは、どこかで決着をつけようと思ってたんだ」
当時、彼は存分に戦っていたわけではないのだろう。決して、相手は鬼であり、十二の子供だからと手加減をしていたのではなく。
ただただ、以前のときよりも彼は強かった。
「クソっ。なんだ」
彼らの戦闘は次第に激しく、ゆえにその熱にでも誘われたか。岩のような大きさの「鬼」が、突風のごとく勢いよく入り込んできた。
その見た目は「トンボ」といえよう。虫だ。長い尻尾、長く立派な羽。
白鈴は崖下の川へと落とされた。
――姉さん。
鬼の妨害が入り、沈み流され、そのあいだ白鈴は「姉の夢」を見る。川岸に流れ着き、しばらくして彼女が目覚めると、夢のなかで会ったはずの姉の顔は、輪郭も乏しくあまりにもぼやけていた。
白鈴は濡れた体で歩いた。周囲には、だれもいない。薄暗い。彼女は『お社』を目指す。
幸畑が、ここまで追いかけてくることはなかった。「鬼」も見失ったのだろう。
衣服を乾かそうともしない。亡霊のように歩き続ける。彼女の前に現れたのは上井だった。
「ずいぶんと探したぞ」
「私を探しに来たのか?」
白鈴としては、彼がわざわざそのようなことをするとは考えてもいなかった。
声をかける前――。
彼には彼女が『人』のようには見えなかった。
「幸畑は?」
「引き上げた。という表現がいいか。崖の下まで探す気はなかったようだ」
上井は鬼の横槍によって戦闘が中断され、(鬼と戦ってもよかったのだろうが)身の安全を優先し、その場から逃れてきた。
状況は変わらない。夜も近く、距離も離れてしまったとはいえ、二人で山奥にあるお社を目指すことにする。
白鈴は問う。「幸畑がこの間関にいる理由はなんだと思う」結局それは聞けなかった。
「幸畑と共にいた者たちは。あの者たちは、ヌエではなかった」
「そうなのか? ヌエではない?」
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