第6章「六円館 枯れ谷の巫女」_2
シュリの意見に彼女の思いは揺れる。これから急いだところで夜を迎えるのは決まっている。それなら、少しとどまり、気がかりを取り除いてもいいのではないだろうか。
占い所アルカナへと帰って、そこに彼女の姿がなかったとしたら。後悔するのは、だれ。
白鈴はシュリと来た道を戻った。紙崎に着くと、道行く人に尋ねて、白蛇の信徒がいるという『六円館』の場所を教えてもらう。蛇神信仰。彼らと会うのがなによりも近道だ。そしてそこには、集まったという「女たち」がいるかもしれない。
六円館は紙崎よりもひっそりとした場所、山側に建物があった。紙崎の住人であろうと、信徒でもなければ、易々と誰でも入れるような作りではない。
入口の前には、男が二人ほど立っている。
強引に入るつもりはない。裏道も探さなかった。交渉のため、シュリは「どうもお」と慎重な物腰で声をかける。
「あっ。通りであった。かわいい子たち」
「そう。かわいい子たちです」
シュリは相手の反応に合わせたかたちで、そんなふうに言った。名前を教えていなかった。
「お前たち。なんだ、なんのようだ?」そこには西尾もいた。
「あのね。お願いが、あって。ここ、中に、入れてもらえない?」
「なにを言ってんだ。駄目に決まってるだろ」
「そこ、どうしても?」
「この子もか?」隣の男が問う。白鈴を見ていた。
「うん。ふたりで」
「なにを考えている」西尾は明らかに疑っていた。そういう人だった。
「白蛇に興味がわいて。とっても大きいんだよね。建物のなかに、その白蛇の『牙』とか、置いてあるんでしょ? 一度でいいから、見てみたいなあって思って」
「冗談か?」
「ダメかな。やっぱり。入れて、もらえない?」
「いいんじゃないか。興味を持ってもらえるのは素直に嬉しい」
「お前な。今がどんな時かわかってるのか」彼はそう言うと、考える素振りをする。「おかしなことはするなよ。入ったら、すぐに誰かいるから、そいつに説明して案内を頼め」
「ありがとう。ほおらっ、白鈴も。お礼、ちゃんと言わないと」
「ありがとう」
「いや、俺が案内しよう」
「ふざけてんのか? お前は俺と一緒にいろ」
だれでも、立ち入られるような場所ではない。だからこそ潜り込む選択を取らなくてよかったのだろう。入口にいた「西尾」という男が許可したと口にすれば、もしも不審に思われても、いきなり追い出される心配はないはずである。
彼が言ったとおり敷地へと入って、六円館に近づくと、これまた信徒であろう人物に声を掛けられる。ふたたび丁寧な説明をすると、大きな問題はないらしく、許可が下りた。
建物内部で待つ。
蛇の牙まで(他にも)、案内をしてくれるという人は女性だった。
それは声が死んでいるとでもいうべきか、そして口数の少ない女である。唐突に発した言葉といえば、「可愛いらしい。歳はいくつ?」「勝手な行動はおやめくださいね」といったもの。
「なんだか。妙な場所だな」白鈴は呟いた。六円館の通路を歩く。
「うん?」
「厳重にする理由は知っている。だが、外にいる者は、皆、刀を持ち、中にいる者についていえば、まったく人がいない。なぜ、刀を持っている」
「我々は、鬼を警戒しています」
「なるほどな。鬼を恐れているのか」
鬼がここまで来るようだ。たとえば善人を装う人間を、用心しているわけではない。
白鈴は遠くのほうでふと現れた女に目をやる。その女は、女性を二人ほど連れていた。
「あれは」とシュリが言う。
「あの方は、ヒグル様ですね」
「ヒグル」シュリは彼女の姿が消えたあとも、最後まで見続けていた。
「どうかしました?」
「綺麗な髪のひとですね」
ここで追うのは賢明ではなかった。シュリも感情を表に出さずにそう判断していた。
西尾が怪しんでいた女、根拠のない想像が当たっていたようで、髪型服装は異なろうと、その女とはまさしく占い所アルカナの主人、魔法使いの『ヒグル』だった。
それからしばらく、案内は続き。
「すこしお時間を頂くことになります。ここで待っていただければ」
二人きりとなる時間が訪れる。互いに状況を整理する。
「いたね。人違いではなかったみたい」
「ああ」
「だとすると、理由は、なんだろう? 助け? 助けようとしてる?」
「おそらくそれはない。おそらくだが」
「それなら」シュリは間を置いた。「会いにいくのが、いいのかも。そのほうが早い」
人のいないこの機会が絶好だといえる。彼女は直ちにこの場を離れようとした。
白鈴は「慎重に」と伝えようとする。
「あっ」とシュリは声を漏らした。
二人のもとに、人がやってきた。しかしながらその人物は、案内をしてくれた女性ではない。「少々待っていろ」と言われたが、そこにいたのは彼女ではなかった。
ヒグルである。彼女は一見、引き連れてはおらず、一人で行動している。
「あれ?」
ヒグルもまたそれは驚いていた。あの夜からどのくらい時間が経過しただろう。
「白鈴。なんで?」
「平気そうだな、ヒグル」服、髪型、雰囲気がちょっと違う。それだけだった。
「白鈴こそ。よかった。無事で」
「いったい。なぜ、ここにいる」
「さすがに。場所を変えよう」
ヒグルはずいぶんと穏やかなぐあいで通路を進み、部屋へと移動した。
「ここなら大丈夫」彼女はそう言う。この部屋であれば、安全だと知っているようだ。「それで、ええっと、このかたは」
「はじめまして。ヒグル。私はシュリ」
「はじめまして」
「はゆま村で助けてもらった。で、ここには?」
「白鈴と別れた後、城下には戻れた。だけど、それから町で、見慣れない人を見るようになって。調べたら、蛇神信仰の人だった」
白鈴は頭を働かせる。「刀を持っていたのか」
「えっ? うん」
「この外にいる何人か侍が交じっているように見えた。大湊か」
「大湊。そうなんだと思う。なぜか、私たちのことを調べていたから」
「だから、ヒグルは、こんなところまで来たのか?」
ううん、と彼女は首を振る。「まあ、そうではあるのか。どうやら、ここに『枯れ谷の巫女』が来ているらしくて。そこをね、知りたかった」
「巫女が来てるの?」シュリが声を大きくして問う。「紙崎に」
「そうみたい」
「枯れ谷の巫女がいるのは、おかしいのか」
「巫女がいる理由は、よくわからないかも。集まった子たちの為かな? ううん。あっちは、ここと同じように人が集まってると思うし。穢れを祓う清めも、枯れ谷のはずだから」
「屋水に呼ばれたわけでもなさそう。だから、そういうことで、私がここにいるというわけ。でもこの感じだと、もしかしたら、大湊と繋がりがあるのかもね」
「目黒は? 一緒ではないのか」
「目黒は、巫女に関心はないみたい」
ヒグルは枯れ谷の巫女の動向を探るために潜入している。信徒の振りをしている、というのは正しかった。どれだけ本人が気を配ろうと、日常の振る舞いから些細なことで、周囲に疑問に思われるのは無理もない。長居は無用、といえよう。
「ヒグル、六円館を出よう、疑われてる」
「知ってる。みんないい人で、探りながら騙してたけど。もう色々限界。これから動こうと思ってる」
「動く? どうするつもりだ」十分な結果は得ていないようだ。
「山の洞窟に祠があって、そこに巫女がいるらしいの。今日、私を合わせて四人とも会うはずだったのに、どうしてか会えなかった」
シュリは言う。「これから会いに行こう、ってこと?」
「うん。知りたいことがある」
「あまり、期待しないほうがいいと思うぞ。口は軽くない」
対面したとしよう。なんでも喋ってくれるような相手ではないだろう。丁寧に話しかけたところで、目黒たちのことを調べていたというのなら(大湊との関係は決まったわけではない)、なおさらそう思えてくる。
「お願い。白鈴。気になるの」
「行こうよ、白鈴。私に白鈴、三人もいれば平気だって」
(白鈴は)どうして、私の居場所がわかったの。ヒグルには事情を説明する。信徒の一人が「変だ」「おかしい」と疑っていて、その女とはどんな人物なのかと尋ねると、特徴がヒグルだった。金色の髪の毛。
可能であれば、髪色も変えたほうがよかったのではないか。白鈴は信徒に成り済ますにしても、その髪はよく目立つだろうと考える。正体を暴かれてもおかしくはない。
しかしこのときまで、ヒグルは魔法使いであることも明かされていない。白蛇の信徒の多くは、彼女のことを我が身を捧げようとしている献身的な人物としてその目に映っていた。
ヒグルはそれらしき理由を話す。人を避けるような生活だったらしい。
全員で四人いる。他の三人とは、まだ会ったことはない。四人が皆、同じなようだ。
それから白鈴は、ヒグルの言う山の洞窟へと向かった。そこには「祠」があり、枯れ谷の巫女がいる。だが、巫女がいるだけで、白蛇の信徒はいないらしい。
枯れ谷の巫女から、「自分が出てくるまで、誰も近付けるな」という指示があった。
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
そのはずが、鳥居の前で「女」が一人立っていた。正確には、その言葉通り待っていたようで、女が物陰からぬっと現れた。
「案内の」とシュリは言う。白蛇の牙を見せてくれようとした人。
「この先に枯れ谷の巫女がいます。彼女と、お会いになりたいのですよね」
「ああ」白鈴が答えた。
「それでは、急ぎなさい。人の来ない。静かなうちに」
女は鳥居を進めと態度で示す。彼らは近付いて、鳥居をくぐった。
「お前は?」
「過度な警戒は無用。さあ。急いで」
そこで女とは別れた。環境を用意してくれる。そのように見てとれる。敵意は感じない。
それならばと白鈴は洞窟があるという場所へ足を向ける。味方とはとうてい思えなかったが、どんな訳があって、そこにいるのかを理解している。邪魔するつもりはないというのであれば、恩着せがましくも見える行動はとりあえず目を瞑る。
枯れ谷の巫女は、祠があるという洞窟の前にいた。なにをしているのかは具体的にはわからない。彼女は片手に薙刀を持ち、暗い穴の奥を眺めている。
「あれが」
距離が離れていてもわかる。背の高い女だった。ヒグルと背格好が似ている。
「ようやく来ましたか。来ないものかと心配しておりました」
「枯れ谷の巫女」とヒグルが続けて呟く。
「はい。ハユキといいます」
事前に来ることが分かっていた。そんな言いぶりだった。
「おもしろいものが見られると聞いていたのですが、確かにそのようです。おもしろい組み合わせですね」
白鈴は近付いた。「枯れ谷の巫女、聞きたいことがある」
「おや、なんでしょう?」
ヒグルが問いかける。「白蛇の信徒に、何を調べさせていたの?」
「それは、あなたがよくおわかりなのでは」
「それなら、あなたがここにいる理由は?」
「そこですか。それは教えるわけにはいきません」
「どうしても?」
「では、『私に勝てたら』、というのはいかがですか?」
「勝てたらって、これから戦うの?」シュリが言った。
「始めから、その気だったな」白鈴は刀を取り出す。事なきを得るとは思えない。
「始めましょう」
枯れ谷の巫女ハユキは薙刀を両手で持つと、早速戦闘を開始した。白鈴が前に出る。しばし時間をくれという要求はたとえひと時であろうと通る感じではなかった。
ハユキは争いを望んだ。故に、その力には、揺らがない自信があった。相手が三人。だとしても微笑みを浮かべて勝負を挑もうとする意志は武勇を連想させる。
小手先でどうにかなるような相手ではない。美しく、そして強かった。
ヒグルが
「うそっ」
シュリが扇子で防ぎ守る。「ヒグル、大丈夫?」
「うん。平気。ありがとう」
「さあ。三人でかかってきなさい」
ハユキはいまの段階では物足りないらしくそう言った。
白鈴は長く戦うつもりはなかった。よって彼女は策を練る。
ともかく、どのような方法であれ、巫女に「負け」を認めさせればいい。
「一つ聞く。お前に勝てたら、という話だったよな」
「はい、それは」ハユキの動きが一時的にも止まった。距離が空いた。
「そうか。わかった」
「勝てない場合は。こういうのはどうです。代わりに、白蛇に会ってみません? 非常に喜ばれると思いますよ」
「断る」
白鈴はそう言って、構えた。生きたまま食われてみないか。生きているとはいえないこの体では、それで死ぬかどうかもわからない。一口か、啜られるか、蛇の腹の中で大人しくじっとしていろというのは耐えられる気がしない。
「繊細なものだ。捉えてみろ」
かげかげをその場で振った。極めて滑らかである。猿猿猴。
ハユキは直感が働いたようだ。瞬時に薙刀を振り回した。
見えていたのかは怪しい結果に終わる。薙刀の穂が近くの樹木に突き刺さった。
「うっ、未熟だったか。まさか、これはなんと。やりますね」
ハユキは軽い柄の先を見て、(してやられた、と)離れている敵に目をやる。
「続けるか?」
「いいえ、降参します。あとは私を、お好きにしてください。約束は果たします」
「じゃあ」ヒグルは言う。「あなたがここにいる理由は、それはなに?」
「今夜。はい、今夜です。屋水にあの『がしゃどくろ』が向かいます」
「今夜? 屋水に? どういうこと?」
「そのままの意味です。見上げるほどの巨大な骸骨が屋水を襲います」
「大湊か。だが。やつらの狙いは?」
三年前に、屋水は賊に襲われたことになっている。今宵、鬼を使って襲う理由とは。
「それを聞いて、どうするつもりです?」
「お願い、教えて。屋水には今でも人が暮らしてるの」
ハユキは微妙な間を置いた。「『屋水の巫女』、だそうです」
「巫女を? 大湊がどうして?」
「そこまでは知りません。しかし、不吉であることは確かです」
「次は、『屋水』ってこと?」
「そんな……。お姉ちゃん」
「行こう。時間がない。急がなきゃ」
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