第3章「鬼を斬る鬼 陰影」
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時刻は夜遅く、この日、罪人である彼らは力を入れて時間を掛けて計画した悪巧みのために集まっていた。それぞれが緊張感を持って臨んでいる。成功させなければならない。その思いがなによりも彼らの気を引き締めていた。
四人で夜道を歩いていた。ガタイのいい男が一人、女が三人である。周囲には、自宅へと急ぐ若い女がいれば、「酔い」を窺わせる男がいた。彼は歩行が安定していない。
白鈴がこの日を調べるように月を眺めていると、サモンが呼びかける。
「ねえねえ。すこしだけ。いいかな」
彼女は二人だけで話したいことがあるようで、そうなるよう導いた。
「今度さ、二人で、一緒に食事でもしない?」
「食事?」
「お買い物でもいいよ。服とか、ぜんぜん持ってないんでしょ? だからそう、一緒にうどんでも食べて、お菓子を食べて。町を歩いて。服を選んで買って」
「忙しそう、だな」
「あああ。もう。そうだね。親睦を深めたい。だめかな?」
白鈴は考えた。「ああ。行こう。いつか」
「やった。決まり。すっごく楽しみ。絶対だよ。楽しみにしているから」
サモンはそれで「会話」を終わらせた。目黒とヒグルの元へと戻っていく。
「なんの話をしてたんだ?」
「どうしても、三人で行きたいんでしょ。それなら、三人で帰ってきて。『そこ』お願い」
「おう、任せろ。楽勝だ」
「ううん。あああ。大丈夫かなあ」
元気のいい返事が、余計に不安を煽いだ。見るからに、そんな反応だった。
「大丈夫、だよね」とヒグルは言う。
「帰る」白鈴はそれだけを口にする。ほかに思いつかない。
「うん。お願いします。もしね、帰ってこなかったら」サモンはそこで言葉を途切らせる。
「なんだ?」
「なんでもない。それより、気になること。ちょっと前に、大湊にある監獄から、囚人が逃げ出した。そうだよねって感じで、話はその日のうちに広まってた。だけど、にしては、兵の活動が大人しい気がするんだよね」
彼は絞り出す。「もたついてんじゃねえか?」
「この辺りに関しては、見回りの数が増えたわけではないし、すぐにでも心配しなきゃいけないってほどではないかもしれないけど。目黒、行動するなら早いほうがいい気がする」
「かもな。じゃそれも帰って。次に向けての会議が必要だな」
「うん。もう、わたしたちは進むしかない」
その先は困難が待ち受けている。それを受け止める心構えぐらいはしている。大湊監獄囚人脱走の話を聞いて、取り乱したりはせず、「予想通り」と彼女は言っていた。
「白鈴、私、あまり手伝えてないからあれだけど。取り戻せるといいね。大事なもの」
「十分助かってる」
「いや、だめだ。そうだね。私も頑張ったんだから、きっとそこにある。調べた感じ、『ある』のは間違いないから。期待していいと思うよ」
サモンはそしてヒグルの顔、目黒の顔へと視線を向ける。
「ジロテツは抜け道で待ってる。正面から行くと、門が閉まっている。気を付けて」
「目指すは一番月見櫓」
仲間を町に一人残し、三人となった彼らは目的地へと急ぐ。目黒が意気盛んに口にしたように、これから向かう場所というのは大湊の国にある『一番月見櫓』である。
これもまた、以前挑んだ監獄と共通点がある。月見櫓というだけあって、よく月が見える場所にそれはあった。山の上だ。
そこに、白鈴の刀がある。
「やることは、けっして難しいもんじゃねえ。山を登って、洞窟通って、山を登って、櫓まで行って、そしてこっそり刀を取ってくればいい」
「そこまで簡単なものでもないと思うけど」
「慎重にだ。計画通りにやれば、おのずと成功する。必ずだ」
「うん。そっか。そうだね」
「私の刀だ。それは返してもらわないといけない」
ジロテツには待ち合わせの地点で既に会っている。彼は早いうちから占い所アルカナを出て、計画が順調に進むように行動していた。計画には、安全な抜け道がないと、三人は頂上に行くための正門をまず通らないといけない。数年前から自由に通行できなくなった「門」を利用するつもりはないので、別の方法を用意しないといけなかった。
くわえて想定外の出来事があった場合にも重要であった。延期も、作戦の一つである。
櫓に入っていく者は特になし。今日一日、門は開けられていない。この日、酒を片手に月を見ようとする者はいないようだ。山を登っていくものはいなかった。
「お前には、助けてもらったんだ。礼は返さないとな」
「行くと聞いたとき、実は少し不安になった」
「そこは、心強い、だろ? 常識的に。なんならかわいらしく、目黒様ステキですぐらい言ってみろ」
白鈴は何も言わない。心が穏やかではなかった。彼女は小さく息をする。衣服に触れて、すこしばかり考えた。
「顔、隠すのか?」目黒は気になったようだ。
「情報通りなら、人がいるのは確かだ」
「目黒のぶんもあるよ。話にはあったから、準備してた」
ヒグルは何もないところから頭巾を取り出すと、さっそく渡そうとする。
しかし、彼は片手を振って断る。「いや、邪魔くさいから、俺はいいや」
「そう。せっかく用意したのに」
「なんだ? 緊張しているのか?」
頭巾を握る姿、彼は彼女の態度がいつもと違うことを感じ取る。
「それは、ね」ヒグルは出発時からこの調子だった。
「そうか。ま、そんなもんだよな」
「櫓には一人で行ってもいいんだぞ? わざわざついてこなくても」
「それは、ダメ。言ったよね。一緒についていくって」
白鈴はうまく言い返せない。何を言おうと、そこは変わらないように思えた。
「俺も、不安、ってほどではねえが。これで、一番ではなく、『二番月見櫓』にでもあったら、笑えるな」
二人とも何も言わない。目黒だけが軽く笑っていた。彼は二人を見て冷静になる。
「笑えないか」
「ある。あるので」
「そうか。それはすまなかった」
山を登る彼らは予定にあった洞窟を発見すると、内部へと入り、魔法の明かりを頼りに先に進む。人が通れるようにはなってはいるが、普段は使われない道である。崩落の危険性は無い。認識としてはそうなっている。城下町に住む人たちのあいだでは。
「くれえなあ」
「怖いのか?」
「なわけあるか」
洞窟内は三人で横並びに歩こうと、窮屈なほどではなかった(白鈴からしてみれば、水槽や壺ほどではない)。そして、洞窟内では川が流れており、それも出口へと勢いよく向かっている。不注意に足を滑らせば、そう簡単には陸には上がれそうにない。
櫓から流れるこの水は、屋水と深い関わりがある。
目黒は言った。「ヒグル、もっと明るくはできねえのか?」
「できなくはないけど、暗さに慣れておいたほうが」
「あん? なんか聞こえたか?」
彼はそう言って立ち止まった。顔の向きを変えては、耳を傾ける仕草をする。
「ほらっ。また聞こえた」
「人の声だ」それは白鈴にも伝わった。
「ひと?」とヒグルは言う。
「こりゃあ、切羽詰まってる感じだな」
「いこう」ヒグルの提案を最後に、彼らは声のするほうへと駆けていく。自分たちがどんな目的でここにいるのかは理解しているだろう。それでも、悲鳴を無視することはできなかった。明らかに、助けを必要としている。
「なんだ、こりゃあ」
「多いな」
「あそこ。あそこに人がいる」
彼らが目にしたものは、鬼の群れだった。決して強そうには見えない見た目だが、それらが群れを成している。一見人のようで、キノコにも似ている、もわもわした黒く小さい体、大きな二つの目は暗闇のなかで黄色く光っている。
洞窟内を蠢く鬼の群れの行く先には、人が二人ほどいた。男と女、逃げて逃げて、囲まれて追い詰められたように見える。
「助けなきゃ」
「私が行く。ここは任せるぞ」
「お、おい」
白鈴は刀を取り出して群れの中を走った。かろうじて目が慣れてきたこともあって、いきおいよく飛んでは、鬼を踏んだり、ともかく躓くことはなかった。
「ひとか?」
「――離れるな」
「ああ、わかった。立てるか」
男は女を立ち上がらせる。白鈴が余所見をしていると、一匹の「ししこ」が足元まで音もなく忍び寄っていた。彼女は焦らず、斬り払う。
「歩けるな」と彼女は確認する。それから、刀を片手に、白鈴はもう片方の手で魔法を使う。闇に
「ししこ」が近付くことをやめる。もごもご動いて離れていく。
白鈴は灯は消さず、慎重に歩みを進める。これでも、安心してはならない。二人が傍にいることを確かめて、目黒たちのもとへと目指した。
闇のなかで凝視しているものに、二人は恐れている。大きな二つの光。
「白鈴」とヒグルが呼ぶ。「平気か」と目黒が言う。どうにか、鬼は襲ってはこなかった。
「ったく、気持ちわりいぐらいにいるな」
「だめ。減りそうにない」
「なんだ? こいつら、急に離れていく。どんな魔法だ?」
白鈴は、洞窟の出口があるほうへと目をやった。どうにか、まだ囲まれてはおらず、この先を進んでも襲われる心配はない。通じており、危なげがなく安心できる。
「隙を作る。その内に逃げろ」
「君たちは」
男が言った。女は怯えており、言葉も出ないように見える。
「行って。だいじょうぶだから」
「時間がない。急げ」
「すまない。いくぞ」
男は女の腕を取って、出口へと向かっていった。女の持ち物だろうか、鈴の音が響く。
「こいつらは暗闇を好み、火を恐れる」
「それ、最初に言えよ」
「最初だけだ」
「ヒグル、魔法で一気にドカーンとできねえのか」「こんなところで、そんなことできないよ」「ししこ」の攻勢が激しくなるなか、二人は戦いながらそう声をあげた。白鈴もまた、策を考える。動きの速い相手ではないので、無理やり突破するのが良案のようにも思えるが。倒すのではなく、洞窟を抜ける。それが正解か。気付けば囲まれていた。
触れると痺れる(しっとりとしている)。体の自由がきかなくなる。単体相手であれば、動けなくなるほどではないにしても、複数相手では立つことですらままならない。
「数が多すぎる。出口を目指そう。ここを突っ切る」
「出口? なにか策はあんのか?」
「長くなくていい。数秒でいい。ヒグル。できるか?」
「それなら簡単。任せて」
彼女の魔法は鬼を退かすことに成功する。
風で吹き飛ばし、そこに彼女は火を上手に扱う。
あと残すは。その足で、群れの外へと目指すしかなかった。
逃げる途中、大きな「ししこ」がいたが、彼らは諦めたようで三人の前から洞窟内部へと姿を消した。
「おい、洞窟にいた二人、兵士でも呼ばれたら厄介だ。先を急いだほうがいいんじゃねえか。喧しくなるまえに」
「それは問題ない」
「ああ? どうして、そんなこと言い切れる」
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