人のあがき

 


 初めて見る、まともな戦い方。

 頑強な鎧を着た騎士が、魔法をみなぎらせてルシルに斬りかかる。

 それをフォローする魔法使いたちは、身体強化や必殺の魔法をぶつけていく。


「……こうだよなあ」


 真っ当な戦いとはこういうものだ。

 星を落としたり、魔力をぶつけるだけで一切を倒すなんて。戦いではなく蹂躙だろう。

 何を思っているのか、ルシルは反撃をしない。今がチャンスだと思う。


「うおおおおおおおお!」


 騎士の叫びは、周りを響かせる。

 共鳴するように強くなる周囲の仲間たち、普通の戦いなら勝利は目前だろう。

 でも、気になるのは笑っているルシルだ。

 ニヤつく笑いは邪悪そのもので、いつか見た悪魔すら清廉に感じるほど。


「つまらないですね」


 空を飛び回りながら攻撃をかわし、戯れの代わりに小さな星を落とす。

 周囲を飛び回っている物とは違い、小さく脆い。それでも人を殺すには十分すぎる威力だ。


「この卑怯者が、ワレらと戦え!!」


 ルシルの攻撃は、都市を狙っている。

 いや、それは過小な表現だ。ルシルの攻撃は、この島国を狙っている。

 星が落ちるのは広範囲で、遠くに高く火柱が上がっていた。


「貴方たちの相手も大事ですけど、他にも大事なことがあるんです」

「なんだと!」

「ムゲンくんは、……放っておけば現れるでしょう。心配はしていません」


 よくわかっている。良くも悪くも、必ずぼくは舞台に上がる。

 それは決定づけられた未来で、初めから決まっている結末に続く道だ。


「それとは、別に。私は人類を絶滅させねばなりません。そうじゃないと、流れ星が現れないでしょう?」


 ルシルの言葉に、リーダーの騎士だけが動きを止める。

 他の仲間たちは、言葉の意味すら分からないようだ。

 流れ星が落ちないからなんだと言うのか。そんな疑問が、空間を満たしている。


「その結末が望みなのか? 殊勝なことだ、責任の取り方は心得ているようだな」


 騎士の感情が、少しだけ落ち着いていく。こいつは流れ星を知っているのだろう。

 理解しているのは、騎士とルシル。そして外から見ているぼくだけだった。


「ふふ。小さくなった世界なんて、つまらないですから。一つの命で償えるのなら、安いものでしょう」

「……」


 ルシルはいつまでたっても、ルシルなのか。でも、これはこれで少し違うような。


「なあんて、嘘ですよ。ムゲンくんさえいれば、仕える主には困りませんからね。生物なんていくら減っても、ささいな問題ですよ」


 ……うん、これでこそルシルだ。とっとと滅べばいい。


「でも流れ星を呼びたいのは、本当です。一度力を試してみたかったんですよね。あの学院長よりも強い存在ですから」

「何を言うか、あの英雄を倒しておいて。まだ足りないと言うのか」

「あの人は、ただの壁でしょう。決められた実力なんて、超えられて当然です。私は人間ですから」


 二人の会話は、難しくて少しわからない。単純に、ルシルは学院長よりも強くなったのか。


「世界の壁、か。難儀なものだな」

「だから、その先を見たいんです。これでも候補の身ですからね、先輩たちを倒せるのか」


 ルシルが流れ星の候補だと聞いた。だから世界最高の魔法使いと呼ばれているんだと。

 学院長と血のつながりがあるわけだ、戦いにこだわりをもっている。


「だからこうやって、間引いているんです。最後に残るのは、私とムゲンくんですね」


 無差別攻撃、いや超広範囲の攻撃は止まない。

 都市だけは無傷で残っているので、人類最後の砦になりそうだ。

 どうしてもぼくを、メインディッシュにしたいようだ。美味しいものは最後にしたいんだな。


「それに、残ったのはあなただけみたいですね」


 みるみるうちに数は減って、全ての魔法使いは絶えた。

 衰弱して剣も細った騎士。死に際のロウソクだけが、執念を残している。


「そうだ、ワレがまだ残っている。まだ負けたわけではない」


 どれだけ弱っても、その意志は消えない。

 どれだけ孤独になっても、その周りには人々が残っている。

 騎士の姿は、勝利を諦めていなかった。


「……もういいじゃないですか、これでは萎えてしまいます」


 呆れたような言葉は、騎士に対しての掠れた気持ち。

 退屈と憂鬱は、弱者に対する憐れみか。


「人類が全滅した時に、人類は救われるんですよ。貴方のあがきは、ただの裏切りです」

「違う」

「流れ星が現れなければ、この世界は元に戻らない。万が一勝利したら、貴方だけを残して生物は絶えてしまうんですよ」

「違うと言っている!!」


 その通りだった。ルシルの言葉は、全てが正論だった。数百人程度が残ったからなんだと言うのか。

 荒れ果てた星と、滅びる寸前の生物たち。それではこの先で立ち行かない。

 完全に滅びて、復活することが求められているのだ。

 この騎士の行動は、どこまでいっても世界のためにならない。


「人の意志を舐めるなよ。貴様は人類が倒さねばならない、巨悪だ。ここで滅ぼすしかない」

「だから、それは流れ星に……」

「人類の手だと言っている! 気まぐれに表れて、超越者を気取る化け物に任せてたまるか。ワレはこの世界に生きる一つの生命として、最後の誇りを全うするのだ!!」


 その咆哮は、ルシルに届いたのだろうか。

 数秒の沈黙の後に、一つだけ質問をした。


「なら、その後はどうするんですか?」

「決まっている、自害して流れ星を呼ぶのだ。巨悪を討つために現れるのではなく、絶滅した人類のために流れ星は墜ちるのだ。それで結末は、変わらない」


 ただ星の再生のために、流れ星を呼ぶのだと。

 なるほど、救済には変わりない。


「……なるほど、ちゃんと考えているのですね。感心しました、ではさようなら」


 感心の正体はなんなのか、それはわからない。現実としてルシルは周囲の星を、騎士に落とした。

 都市を墓標にするほどに大きく、人類はこれで絶滅してもおかしくなくて。


「舐めるな!!」


 そんな星を、騎士は一刀で切り捨てた。

 有り得ない光景に茫然としているルシルへ、見栄を張ることを忘れない。


「まだ負けていない、戦いはこれからだ!」


 戦いは続く、激しさを増して。その結論に流れ星を呼んで、救済させることを前提に。

 でも本当に? 流れ星がどうやって悪を倒すのか。どうやって世界を再生するのか。

 分からないのに、頼ってもいいのだろうか。

 そんなことを、ぼくは考え出した。

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