光の痕

 


 人間の灯は侮りがたく、評価を変えるには十分すぎるほどだった。

 勝ち目があるから戦うのではなく、負けたくないから戦っている。ぼくとは少し違うけど、通じるものがある考え方だ。

 どれだけの実力差があっても、恐怖で体が震えても戦う姿。理性を持つ生物にだけ許される、根源的な恐怖を超えた行動だ。


「そうだな、これでいい」


 戦いの光景や、その結末は語らない。

 現実は厳しく、理想は脆い。そんな言葉で穢すにはもったいないからだ。

 人は変われない。成長は出来ても、変わることは出来ないのだ。

 自分の長所を伸ばすことは出来ても、違う何かには変化出来ない。


「だから勝てないものは、勝てない。その上で、どう動くかが大事だ」


 勝てないから諦めるのか、犬死してでも戦うのか。

 どちらも正しく、間違っている。でも少数派の答えは、見せてもらったと思う。


「参考にしよう。……行くか」


 戦いが終わり、寂しさか虚しさを感じているのだろう。

 大人しくしている姿に、ぼくは声をかける。


「もういいか?」


 その声に予想は付いていた、驚くことなど何もない。

 ゆっくりとぼくを見るルシルは、無言でそう伝えてきた。


「やっと出てきましたね。それにしても、らしくない。私が戯れている間に、後ろから攻撃すると思っていましたよ」


 皮肉気な笑いは、誰に向けていたのか。

 それにしても、相変わらずぼくを見誤った発言だ。


「いやね、あんまりにも眩しかったからな。明日には忘れる光だけど、今日の輝きを世界は忘れないだろう?」


 セカイは忘れるだろうがな、見てもいないかもしれない。


「つくづく思うよ、強さには価値がない。惹かれるものなんて、一つもないって」

「……そんなことないですよ、この楽しさは強者にしかわかりません」

「万人に分からない楽しさなんて、究極のものじゃないだろう?」


 強いもの、裕福なものにしか分からない楽しさなんて、所詮はまがい物だ。

 だって経験している人間が少ない。世界中に生きる人々の、ほんの一部。

 そいつらが楽しいと言ったって、信じるには値しない。少なくてもぼくは、日常に満足しているから。

 一人で力を振り回して生きる事よりも、平凡な日々を仲良く生きることの方が楽しくないなんて。そんなことは、誰にも言い切れないだろう?


「まあいいや、今のルシルには話が通じない。だってそもそも、お前はこっち側の考えだったからな」


 ぼくとは違う考え、違う捉え方だったのは間違いない。

 でもルシルは日々を幸福に感じ、不必要な楽しみなど求めてはいなかった。

 力よりも平穏を。自分が好きに生きるよりも、他人の世話を焼きたい。

 理解できなくて、心底嫌だったけど、そういう人間は嫌いじゃなかったから。


「……そんなこと、ありませんでしたよ」

「まあいいや、ぐちぐちと話していてもつまらない。違うことを聞くよ」


 どうせ戦うんだ、萎えるような言葉は控えておこう。

 もし改心でもされたらたまらない、ルシルを倒さないと人類は元に戻らないからな。

 騎士との戦いで少しだけ理性を取り戻したように見えるが、それでは困るのだ。

 綺麗に戦って、どちらかが負けて終わりたい。


「で、なんで学院長を倒したの?」

「わかり切っているでしょう。私の邪魔をしたからですよ」

「邪魔をしたから、殺したの?」


 分かりやすいが、短絡的だ。


「……わかりません。ムゲンくんと戦ったときから、頭がハッキリとしないんです。半分ぐらいは覚えていなくて、楽しかったことしか覚えていません」


 ぼくを殺したと思ったことで、心が壊れたか。


「でも今は、理性的だ」

「ムゲンくんの気配を感じた時から、元に戻りました」


 ぼくが生きていると知ったことで、心が治ったか。

 その間のことが、全て抜けている。納得した。だから騎士との戦いでは、会話が出来たんだな。


「みんな楽しかったみたいだから、気にすることはないけど。よく倒せたなあ」

「世界の楔から解き放たれたから、簡単でしたよ」

「は?」

「この世界には強さの限界があり、それを超えてしまえば最も強くなります。その代わり、別世界に移動する流れ星になりますが」


 強さの限界を超えたものが、流れ星になる。ルシルは元々、流れ星の候補だったからなあ。


「それはどうやってわかるんだ?」

「だから学院長たちですよ。この世界では限界の強さを持つものが、壁になっています。その存在は六つ。その内の一人が、学院長なんです」


 世界の壁である学院長を倒したことで、世界の楔から解き放たれた。

 そして流れ星の末端になった。分かりやすい説明だが……。


「どうやって強くなったか、説明にはなってないな」


 学院長を倒したことは、強さの証明にしかなっていない。

 どうしてそこまで強くなったのか。


「この世界の人間は、本当に強いんです。一歩間違えれば単独で世界を滅ぼせるほど。伝説だと謳われていた悪魔やドラゴンすら一蹴できるほどに、最強の存在なんです」


 何度も聞かされた、最強は人間だと。他の種族は、例外なく人間を恐れている。


「少しのきっかけがあれば、壁は超えられるんですよ。私を含めた、一部の強者たちは」


 それは例えば、キリなどか。エキトやフルーツはどうなんだろう。


「ムゲンくんが死んだときに、私の中で何かが変化しました。ささいなきっかけで、そんな少しのトラウマで。私は誰よりも強くなったんです」

「へえ、お手軽で結構だ。それならぼくも、何かに目覚めないかな?」

「無理だと思いますよ」


 ぼくの言葉に、ルシルは笑いながら断言する。

 むう、なぜそう言い切れる。


「だってムゲンくんは、何も思わないでしょう? なにも理解できなくて、何も感じない人に。目覚めるほどの変化が、起きるわけないですよ」


 ……これ以上はない、正論だった。

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