記憶には残らないけど、人生の半分は後悔で出来ている

 


 嫌な気持ちのまま、エキトの店に直行する。もう深夜になってしまったが、何も気にしない。


 近くまで辿り着き、まだ明かりがついていることに納得する。


 そういえば、そうだった。エキトは寝るのが早い癖に。まるで二十四時間営業のようで、この店から眩しい明りが途絶えることはないのだ。


「よしよし」


 あんなにボロボロだったのに、新品同様に戻っている。


 どんな力を使ったのかわからないが、いつまでも汚いままでは近寄るのも嫌になる。


 それにしても綺麗だ。どう見ても、新品そのものの状態。まあいいや。一々考えていても仕方がない。不思議な力で済ませよう。


 扉を開き、中に入る。店内が鮮やかだ。相変わらず、よくわからない魔道具たちで彩られている。


「こっちだよ、無限」


 奥からエキトの声が聞こえる。珍しい、起きていたんだ。


 アメリカに建てたこの店。何度も踏み入れているはずなのに、中の様子が全く違う。


 本当にどうかしている。外観からすると、こんなに広いわけがないのに。


「見つけた」


 見たこともないリビングに通されると、丸テーブルと丸椅子。


 エキトの対面に座り、淹れてもらったジュースを飲む。落ち着いたころを見計らって、ぼくたちは会話を始めた。


「で、この店はなんだ?」

「何と言われても、おれの自慢の城さ」


 一国一城の主だと言いたいのか。古い考え方だ。今の時代は国も城も、使い捨てでいいだろうに。


 エキトは優雅にコーヒーを啜ると、わかりやすく説明をしてくれた。


「新しく仕入れた魔道具に、面白い効果があってね。店に置くと、中を迷宮化してしまうんだ」

「迷惑な」

「そうでもないさ。奥に奥に増築していくから、入り口の辺りで生活すればいい。周りに危険もなければ、取扱いも簡単だよ」


 外界に影響がなく、恐ろしい化け物が現れるわけでもない。


 ただただ、店が広くなり。戻ることが出来ない、魔窟になってしまうだけだと。


「なるほど。ルシルへの対策で、こんな店にしたかと思った」

「そんな小さな男じゃないさ。店に辿り着いた魔道具の意志を、尊重しただけだよ。無限たちの部屋は、どこかに行ってしまったけどね」


 失くして困る物もないから、何の問題もない。フィアたちが何と言うかは、わからないが。


「それで、今日は何の用だ? 遊びに来たのなら、歓迎するけど」


 エキトの言葉に、目的を思い出す。たまにはエキトと、遊ぼうかと思ったんだ。


「……違った。ルシルの様子がおかしいんだよ」


 全然違った。楽しそうな店の様子と、コーヒーに騙された。


 ぼくは、さっきまでのことを話してみる。ルシルがおかしいのだ。


「それは、当然だと思うよ」

「うん?」


 なんだ、何かを知っているのか? ここで話を区切って、深く聞くのをやめるべきか?


「あいつはこの店を襲撃しただろう。その時に、大けがを負った。今は完治したみたいだけど、何に攻撃されたんだろうね?」

「なにって……」


 この店の魔道具だ。効果もよくわかっていない、な。


「つまり?」

「魔法使いの戦いは、自分の魔力で相手を染めることで勝敗が決まる。魔法使いの治療は、染められた魔力を除去した後に行われる」


 何度も聞かされた話だ。だから魔力の直接攻撃が、最強の攻撃手段だと。


「店にあった魔道具は、相手を染めることに特化したものだった。つまり、治療できないほどに、ルーシーの魂は汚染されてしまったんだよ」


 へえ、そんなこともあるのか。


「汚染されたら、どうなる?」

「攻撃の性質にもよるが。別の種族に変貌する、魔力の量や質が変わる。あるいは感情の一部が欠ける、とかね」


 ……なるほど。


「つまり、こういうことか。ルシルは魔道具の効果で、人間から得体の知れない化け物になったと。危険な存在になる前に、誰かに駆除してもらうべきか?」

「……いや、感情の一部が欠けているんだと思うよ」


 ええー、そうかなあ。


「断言しておくけど、ルーシーは人間のままだ。変な決めつけをして、倒してしまおうと思わなくていい」

「いや、強い奴に連絡するだけだよ」


 勝てるわけがないんだから、ぼくは無茶をする気がない。


 心配しなくてもいい。危ないことはしないから。


「流石に哀れだから。納得してくれ、ルーシーは人間だよ」


 エキトがそこまで言うのなら、それでいいか。その路線で行こう。


「で、どうすればいい?」

「どうしようもない。失ったものは、戻らないよ」


 そっか、そういうこともあるか。


「じゃあ、新しいルシルとして受け入れるか。物は考えようだな」


 怒ることがないルシルか。少し物足りないが、楽にはなった。


 これ以上は、新しい変化がないことを祈るとしよう。


「その必要はない。戻ることはないが、新しいものが手に入る」


 例えば、地面に大きな穴が開いたとしよう。その穴はいつまでも、空いたままなのか?


 そんなことはない。時間の経過と共に、何かで埋まっていくだろう。


「前とは違うかもしれないけど、それは当たり前のことだろうね」


 人の心なんて、いつでも移り変わる。その変わり方が違うだけだと説明された。


「でも気を付けたほうがいい。満たされたモノよりも、欠けたモノの方が吸収が早いんだ」


 ……つまり?


「もしもあの女が怒ったら、その規模はいままでと比べ物にならないってことだよ」


 心の形を元に戻すために、新たな栄養を求める。そして生まれた栄養を、決して手放したりはしない。


 エキトの説明は、簡単なようで難しい。


「わかった」


 よくわからない。でもとりあえず頷いておく。


 深く考えるのはやめて、ルシルを怒らせないようにしておけばいいだろうさ。

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