楽しく生きたい

 


「はははははっ」


 人間とはストレスを感じるものだ。


 自分は例外だと思っていたが、そんなことはなかったらしい。


 どこかのルシルとか、どこぞのエキトとか。奴らが原因だと信じている。


「魔力もねえくせに、強くねえ?」

「あの魔剣じゃよ。内包された魔力のおかげで、雑魚ぐらいなら一掃できる」


 ぼくたちは、街の近くにあるダンジョンに来ている。名前は『増殖する魍魎』だと。


 言葉の通り、弱い魔物がいくらでも湧き出る。初心者向けの、低級ダンジョンだ。


 千体の魔物を斬るには丁度良く、濁った感情も綺麗になっていった。


 それは、隣にいる男を見るとよくわかる。


「雑魚どもめ、散れ!」


 フェリエの一振りで、多くの魔物が滅んでいく。斬られるたびに、緑色の魔力に戻りダンジョンに還元されていくのだ。


 死体が出ないのがありがたい、血が飛び散らないのがありがたい。


 罪の意識を抱くこともなく、目に映る全ての魔物を斬ることが出来るから。


「お前は邪魔だ。別の道を行くぞ」

「……いいだろう、ならばメディを連れて行くがいい。ファングたちは、残れ」


 話をつけるつもりか、ぼくと斧使いを自分から離す。きっと、深い話をするのだろう。


「このダンジョンは特別だ、魔物をいくら倒してもボスが強くなることはない。気が済むまで、戦うがいい」

「わかった。気が済んだら戻って来る」


 ぼくはメディを連れて別の道を行く。このダンジョンはとにかく広いので、行く道には困らない。


 今いる場所は大広間、続く道は五つ以上だ。ぼくは少し悩んで一番真ん中の、一番広い道を選んで進むことにした。



 ★



 飽きた、もうつまらない。


 ストレスってなんだっけ、五分でなくなるものだっけ?


 目につく全ての魔物を狩りつくし、時折現れる雑魚を義務的に片付けながら歩く。


 ……もう、帰ろうかな。


「……つまらないのか?」


 悩んでいると、誰かの声が聞こえた。誰かも何もない、ぼく以外には一人しかいないのだ。


「メディか?」


 一応尋ねてみると、こくんと頷いた。無口だと思っていたが、当たり前に喋れたのだ。


「……悲しそうに見える。心が痛むのか?」


 心が痛む。ああ、魔物を斬っていることか。


 そんなわけがない。悲しいことがあるとすれば、刺激が少ないことだけだ。


「別に、何も思わないな。痛むことなんてないだろう?」

「そうか。フェリエ様は、辛そうに見える。だからお前も、辛いと思った」


 たどたどしい会話は、経験のなさからくるものか。


 無口な人間が、頑張って話しているのは。何か、伝えたいことがあるのだろう。


「お前が来て、みなが変わった。きっと、いい風に変わった」

「へえ」


 それは結構。何事だとしても、悪いことよりもいいことの方が望ましいから。


「だが、ノイズも起きている。今までの凪が、大嵐に変わりそうだ」

「へえ」

「何かが起きる前に、お前は去ったほうがいい」


 これは心配か忠告か。あるいは邪魔だから、消えろと言っているのか。


「いやだね。それに、どこにいたって問題ばかりだ。平和な場所なんて、どこにもない」


 少なくても、ぼくの人生ではそうだった。どこにいても、どこにいっても似たようなものだ。


 平和もなく、幸せもなく、不幸もなく、終わりもまだ来ない。


 それが当たり前で。暴れまわって、迷惑かけて。それでも日常として、楽しんで生きている。


「他人に迷惑をかけるのも、他人に迷惑を掛けられるのも当たり前のことだ。個人差があるのは、当然だけどね」


 ぼくの場合は、その比率が面白いぐらいに偏っているだけだ。他人に迷惑をかけて、素晴らしく人生を生きていきたい。


 たった一人で生きていくのが理想だが、それは難しいことだからなあ。


 文明に頼ることや、娯楽を求めて生きるには。他人と言うものが絶対に不可欠だ。


「わかったか?」

「その末に、命を落とすとしてもか?」


 真摯な瞳に、炎が宿る。これは真面目な話なのだ、ふざけたことを言うなと語っている。


 だからぼくは、何も考えず適当なことを言う。


「命のために娯楽は捨てられない。楽しさを追求した果てに、命を落とすんだよ」


 生きるためには生きられない。そこに意味はあっても、つまらないからだ。


 楽しむために危ないことをして。いつかは読み違えて、危険なラインを踏み越える。


 そんな終わり方が、気持ちいいと思う。


「この世界はつまらない。だから、楽しいことを探すんだ」


 素晴らしいものを見つけたい。そこで初めて、世界に価値が生まれると信じている。


 だからフェリエたちの傍にいて危険が訪れると言うなら、もう少し付き合ってもいい。


 ルシルたちの所よりも、少しはマシな気もする。


「……お前は、不思議な奴だ。初めて会話をするオレに、なぜ心の内を語る?」


 心底から不思議そうな言葉を出すルディ、その答えはシンプルだ。


「不思議でも何でもない。ぼくは思ったことを、周りに隠したことはないんだ」


 尋ねられたら考えるし、聞かれたら答える。


 本心を隠す理由もないし、その意味もない。大したことを言ってないし、知られたところで何も変わらないから。


 ……だから。


「誰に聞かれても何を聞かれても、可能な範囲で真摯に応えるよ。それを信じるかどうかは、自分で決めればいいさ」


 もちろん気まぐれに嘘を言うし、誤魔化しもする。煙にもまくし、間違った方向へ誘導もする。


 その場の雰囲気と、気分。望む未来と、楽しい方向。好きなように語って、デタラメに進む。


 簡単に言ってしまえば、ぼくを信じることはおススメ出来ないな。


 ……その言葉に、何を思ったか。


「うおおおお!!」


 突然大斧を振りかぶり、ぼくに目掛けて振り下ろす。


「そうか」


 もちろん狙いはぼくではなく、その後ろに迫っていた魔物だ。


 地面を叩き割る勢いで、多くの魔物を両断した。


「お前は、狂っている。だから、守りたいと思う」


 それだけを語り、メディはまた口を閉ざした。

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