変化
どいつもこいつも、好き放題に暴れているせいで、ファングが作ったフィールドは荒れ放題だ。
平坦で見通しが良かったはずなのに、地面はめくれ上がり、巨大な岩が散らばっている。
姿を隠す場所もなかったはずなのに、今では隣にいるつぼみ以外の居場所もわからない。それと、横たわっている斧使いもか……。
「ワタクシは離脱しますわ。剣を作れない以上、己を鍛えることが出来ませんもの」
「どうやって?」
「光のライン際で座っています。敵が現れたら、すぐに降参しますわよ」
よく見るとつぼみはボロボロの姿だった。まともに攻撃を受けていなかったが、風圧などの間接的なダメージがあるのだろう。
気になることが、もう一つ。
「なんか、大人しくなってないか?」
「……そうですわね。さっきまでは不思議な高揚感がありましたが、今では消えてしまいましたわ。どういうことですの?」
簡単に考えれば、ファングが魔法を解いたのだろう。フルーツに負けたとは考えにくいのだが、他に理由があったのだろうか。
細かいことはいいや。
「ぼくは次に行く。死なないように気をつけること」
「余計なお世話ですわ。それより、兄上は何をしに進むのですか?」
投げ捨てられた剣を呼び寄せながら、軽口をたたいていると。
つぼみがよくわからないことを聞いてきた。
「は?」
「戦えない兄上が、先に行ってどうするんですの? ワタクシと一緒に、離脱する方が賢明ですわよ」
その選択は賢く見えるだろうが、もっとも愚かなものだと思う。だってつまらない。体が動くのに、ゆっくりと休むのは退屈だ。
たとえ大怪我をしようとも、誰かの足を引っ張ってピンチにするとしても。
ぼくは次の戦場に、遊びに行くのだ。
「みんなが心配なんだ。大人しく待ってはいられないさ」
「……」
綺麗な言葉を口にしてみると、冷たい目で睨まれた。なんだこいつは、言いたいことでもあるのか?
「じゃあな。そっちも気を付けるように!」
何かを言われてしまう前に、ぼくは走り出す。
幸いにも後を追う言葉はなかったが、その冷たい眼差しはしばらく続いたのだった。
★
岩を飛び越えながら、少しだけ考える。いなくなった少年や、フルーツたちはどうなっただろうか?
遠くで竜巻や綺麗な光線が飛び交っているので、まだ戦っているとは思うが。
死んだら外に出されるのか、それとも永遠の眠りにつくのか、確認はしておきたいが。
「ふざけるな。僕はまだ負けていない!」
パルクールのような移動をしていると、突然大声が響いた。この声はフェリエだ。つまり、フィアもいるだろう。
まだ見てない対戦カードで、ぼくの好奇心が惹かれてしまう。姿を隠し、気配を隠しながら近づいていくと、そこには二人の姿が。
腰にある剣に手をかけているフィアと、負け犬のように這いつくばっているフェリエだ。
大岩に隠れているので、ぼくの姿はまだ見つかっていない。
「もう、やめるでありますよ」
「負けていないと、言っているだろうが!」
フィアの言葉を否定しながら、フェリエは力強く立ち上がる。
よく見ると怪我の一つもしていないようで、全力でフィアに斬りかかっていく。
だが……。
「ぐあっ」
バランスを崩したように、直ぐに転んでしまう。
余程疲れ果てているのか、怒りのあまり足元がおぼつかないのか……。
その答えは、直ぐに分かった。
「僕を馬鹿にしているのか、真剣勝負をなんだと思っている!!」
「……馬鹿になど、していないでありますよ」
また、立ち上がったフェリエが転ぶ。
今度は見えた。フィアが見えないほどのスピードの剣で、フェリエの足を払っているのだ。
鞘を付けたまま、怪我などしないように優しく。それでいて、一歩たりとも自分には近づかないように。
バカにしていると思われても仕方がない。むしろ、バカにされても仕方がないほどの実力差だ。
「やめるでありますよ。自分は、フェリエを傷つけたくないであります」
「傷つけたくない、だって?」
フィアの言葉に、肩を震わせながら俯いてしまう。
そのまま、か細い声で……。
「もう遅いだろう。僕は傷ついている、ずっと前から。その言葉は、八年も遅いだろう」
「遅いのでありますか。間に合わないで、ありますか?」
感情の乗った、フィアの言葉。その真意はわからないが、後悔と哀しみ。そして自分の行動が変わることはなかったと、よくわかっている諦めを理解できた。
「まだ間に合う。傷を癒すために、僕は戦っているのだから。フィアを倒し、実力を証明することで、僕が正しいことを証明して見せる」
「自分に勝っても、正しさの証明にはならないでありますよ」
「なるさ。この国では力が全てだと、あの大統領が定めてしまったからな」
「それでは、本末転倒でありますよ。力でなく心が大事だと、ずっと主張していたのに」
勝利したら負けとすら言える。それはもう、屈服と変わらない。
「虫唾が走るのは事実だ。それでも、順番は守る必要がある。まずは勝利して、その後に理念を通す」
「……矛盾しているであります」
ルールを守っても負け。自分を貫いても、負け。
現実よりも理想を求める男は、矛盾を受け入れなければ一歩も進めなかった。
「全てを変えるためには、自分が変わる必要がある。大事なのは、その後だ」
フェリエはゆっくりと立ち上がると、持っていた剣を投げ捨てた。
「自分を捨てなければ、変わってしまっても元に戻れる。醜い現実の後に、美しい理想を求めればいい」
そのまま、一歩ずつフィアに近づいていく。
あまりの愚かさに、嫌気が差す。フェリエは永久に気付くことがないだろう。
戻れないから、変わると言うのだ。後ろに戻れたとしても、そこには過去の自分なんていないのに。
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