道を間違えているもの

 


 甲高い金属音がして、つい周囲を見渡してしまった。暴れまわるフルーツは遠くに行き、笑って見ていたトワもどこかに消えている。


 音の正体はなんなのか、答えは直ぐに見つかる。ほんの少し先、百メートルほどしか離れていない場所。


 そこにいたのはつぼみと、斧使い。茫然としている姿が、印象深い。


「まさか……、剣を折られたのか?」


 一方的に襲い掛かる斧使いと、反撃もせずに逃げ回るつぼみ。最後の足掻きに、持っていた柄部分を投げつけている姿を見て、確信を持つ。


 あの見えないほどに細い剣は、簡単に折れてしまったのだろう。無理もない話だ。あの大きな斧と衝突すれば、折れるに決まっている。


 逃げるだけでは、勝てない。


「仕方ない、な!」

「ぐはっ!!」


 分厚いコンクリートをぶち抜くつもりで、ぼくは渾身の蹴りを少年に放った。


 全身を使い、自らを投げ出すような飛び蹴りは、受けたものを吹っ飛ばして地面に這わせる。


「つぼみ!」


 そのまま持っていた剣を、全力でつぼみに投げつけた。


 思ったより速度があり、思ったより威力があった投擲は、簡単につぼみが受け止めてしまった。


「……惜しい」

「なにか?」


 鋭い視線で、ぼくを睨んでくる。


 ぼくは何も言っていない。その証明に、首を横に振っておいた。


「ところで、この剣はなんですの? どさくさに紛れて、ワタクシを亡き者にしようと?」

「そんなわけないだろう。剣が折れたんだから、代わりに使え」


 ぼくの優しさに感銘を受けたのか。つぼみは少しだけ動きを止めると、借りた剣を、ぽいっと投げ捨てた。


「おい!」

「余計なお世話ですわ。ワタクシの剣は魔力で作っているので、いくらでも作れますの!」


 言葉を証明するように、新しい剣を作り出して、斧使いに斬りかかる。


「フェリエのため、フェリエのために!」


 正気を失っている斧使いは、つぼみの攻撃に反応する。


 二撃ほど受けたが、代償につぼみの剣を折る。その繰り返しが三度ほど続くと……。


「おい、お前は魔力が少ないんだから。そろそろ打ち止めだろう? 素直に借りたらどうだ、つぼみの剣はナマクラ以下なんだから」

「お気になさらず。強い剣を使う気はありませんわ」


 斧使いの攻撃を避けながら、余裕でぼくに言葉を返す。


 こいつも身体能力には自信があるらしい。魔力は少ないが。


「ワタクシは最強の剣士を目指していますの。そのためには、この身を逆境に置くべきなのですわ」


 だんだんと、つぼみの動きが鋭くなっていく。正気のない敵は、戦いやすいらしい。


「脆く、薄く、細い剣。これを使いこなすことで、最強の座が手に入るのですわ」

「強い剣でも最強にはなれるだろう。今代の最強の剣士だって、凄いらしいぞ」


 なにせ魔力がない癖に、一太刀で星を割るほどの強さだと聞く。


 どんな剣を使っているかは、知らないが。


「ワタクシは、その程度で満足しませんわ。その人物より強く、一太刀で神すらも切り裂くほどの強さを!」


 うーん。神はもう絶滅したのだが。それにこの世界なら、そのぐらい強い奴なんてたくさんいる気がする。


 本当にこの世界には常識や、良識が通じない。これで最強だろうと思っても、簡単に超えていく奴らで溢れている。


 そして、つぼみにはそこまでの才能がない。


 こいつはフェリエと同じだ。理想だけしか、持ち合わせていない。その証拠に……。


「敵は、倒す。全て、潰す!」

「くっ、しつこいですわね!」


 本気を出したのか、斧使いの執拗な攻撃に。ついにつぼみが捕まった。


 ただ巨大な斧を振り回しているだけなのに、つぼみの動きが鈍っていき、そして足を滑らせた。


「しまっ!」

「潰れろおおお!!」


 止めの一撃とばかりに、つぼみの頭上に斧が迫る。誰もが次の瞬間に、その体が両断されると思えるその時。


「あれ?」


 一瞬で体勢を立て直したつぼみが、斧使いの顎にアッパーを食らわせた。


 その一撃は見事なもので、威力もスピードも申し分なく。


「まだ終わりませんわよ!」


 意識を刈り取ったように見えるのに、そのまま拳のラッシュに突入した。


 軽く三百を超えるであろう、拳の嵐を終わらせる。痛みのせいか逆に意識を取り戻し、気のせいか瞳に理性を取り戻した斧使いだったが。


「本当に頑丈ですわね、これでトドメですわ!」

「ま、待て! オレは……」

「死を覚悟しなさい!」


 力を溜め、呼吸を整えた上での右ストレートが炸裂する。


 その威力はこれまでと一線を画し、斧使いの胸板を粉砕する。内側の骨を粉々にして、心臓にまでダメージを与えたであろう。


 吹き飛ばされた斧使いは、体を赤く染めてそのまま気絶した。せっかく、正気を取り戻していたのに。


 ……気絶、だよな。そう信じたい。


「よく考えたら」


 渾身の必殺技を決めたつぼみが、何かを言い出す。


「兄上が、ワタクシを助けてくれればよかったのでは?」

「無理だ」


 それは無理だったし、その必要はなかった。


 しかし、これだけは言いたい。


 こんなに強くなるほどに、素手の強さを磨いていたのか。なるほど、剣の腕が上達しないわけだな。


 お前、道を間違えているよ。

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