フィアが怯えないもの

 


「やばいな、本当に」


 そろそろ三人の体力がまずい。今でも元気に飛び跳ねているトワを、憎らしそうに見ているぐらいだ。


「あはっ、だらしないなあ。がんばれがんばれ」


 なんでこいつは元気なのか、能力は体に引っ張られているはずなのに。


「上級者のダンジョンだって言ったでしょう。考えが甘かったんじゃない?」


 とても厳しいその言葉は、どこまでいっても正しいもので。


 同じくまだ元気なぼくは、少し前のことを思い出すのであった。



 ★



「リーダーを決めてくれ?」


 山の頂上にダンジョンの入り口があり、準備を済ませて中に入ろうとしたとき。


 行方を遮るように、ポツンと看板が立っていた。


「あはっ。これはダンジョンのルールみたいだね。従わないと、中に入れないみたいだ」


 トワの言葉に、ぼくたちは顔を見合わせる。三人がぼく見るので、はっきりと否定しておくことにした。


「駄目だ、リーダーはフィアだよ。ぼくたちの楽しい旅は、フィアのためにあるものだからな」


 何のためにダンジョン巡りをしているのか。それはフィアの評判を上げるためだよ。


「しかし……」


「しかしじゃない。その大前提は変えない」


 ダンジョンを攻略した時に、リーダーがぼくだとフィアの評価につながらない。


 あくまでも次期大統領と、そのお手伝いであるべきだ。


 そう断言すると、消えるように看板がなくなった。リーダーはフィアで決定したらしいな。


 中に入れるようになったがいいが、あまりにも小さい。一人ずつが入るのがやっとの幅だ。


「ねえトワ。奥には広い空洞があるんですの? これでは戦えませんわよ」


 一人ずつダンジョンに入っていくが、しばらくたっても一人分の道しかない。


 明かりも全くなくて、戦闘のトワがランタンを持っている。


 これでは剣を振るどころではない、まるで穴を掘りながら進んでいるかのようだ。


「ないよ」


「……え」


 茫然とした声は、誰の口から出たものか。


「このダンジョンは完全に迷宮だよ。敵は一切出ない代わりに、絶対に壊せない迷路を突破しないといけないね」


 ちょっと待て、そんなことは早く言え。


「大丈夫、早ければ一日で終わるよ。遅ければ、……一か月たっても外に出れないけどね!」


 ……この言葉から、既に三日が立っている。


 未だに出口もわからず、最後にはボスとも戦わなければいけないのだ。


 魔法で外に出ることも出来ないらしく、食料と水は持ち込んだ分だけ。あと二日は持たないだろう。


 いいこともあって、道が少しだけ広いものになった。今では高さが人間二人分、横幅が人間三人分ほどである。


 ごつごつとした岩肌が続くので歩きづらいが、ダンジョンや洞窟と言う雰囲気がよく出ている。


「……ふう、ふう。流石に、疲れましたわね」


「フルーツはまだ平気です。人間ではないので」


 二人とも疲れてはいても、まだ余裕があるように見える。問題は……。


「ご、ごめんなさい。足手まといで、ごめんなさい」


 ダンジョンに入り、少したったころ、不注意でフィアの服が少しだけ汚れた。


 それからずっと、弱気なフィアになってしまったのだ。


 仲間であると思いつつも。触るどころか近づくことが出来るのは、ぼくともう一人だけ……。


「あはっ、大丈夫だよ。こっちにおいで」


 さっきから手を引いている、トワであった。


「おかしいですわよ! ワタクシやフルーツが近づくだけで震えて怯えるのに、なぜ兄上とトワは平気なんですの?」


 つぼみの心からのツッコミに、さらに怯えるフィアだが。たどたどしくも、説明を始めた。


「せ、先生は人間に触れている気がしないから。まるでカバンや剣のように、生きていながら生きていないから平気、だと思う……」


 よくわからない説明だが、人間だと思っていないことはよくわかった。


「ト、トワは不思議。まるで偽物みたいだから、触っても何も感じないの。動く人形みたい、普通の人間なのに」


 よく見ているな、つまりは本体じゃないから、大丈夫なのだろう。


 フィアの言葉通り、トワは借り物の身体で、本当はセカイなのだから。


「それはおかしくないですか。フルーツも人間ではないのですが」


 確かにこいつも動く人形だ。それも、より明確な。トワが平気なら、フルーツが平気でもおかしくないだろう。


「ふ、フルーツは人間だよ。誰が作ったとか、本当はどうとか関係ないよ。人間だと、思っているよ」


「……」


 その言葉は、果たしてどんな風に響いたのか。


「で、でも。トワの手は温かいのに、冷たいよ。まるで偽物みたい。……えっと、それだけなんだけど」


 どう説明をすればいいのかわからないのだろう、しどろもどろな言葉だ。


 でもトワは、笑顔を浮かべている。


「あはっ。お揃いだね、むげん」


「一緒にするな」


 人間じゃないとは言われても、偽物だとは言われていない。


 でも、これだけは言っておく。


 ……ぼくは、人間だよ。そこに疑いはないはずだ。

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