狂うほどに想え

 


「こいつらは……。気楽に寝てるよ、本当に」


 どいつもこいつも、傷だらけのくせに安らいだ顔で寝ている。このまま見捨てて逃げたいほどだが、それは哀れだな。


 痛む体に鞭を打って、三人を周りに集めると一人だけ目を覚ました。


「……お兄ちゃん、これを使ってください」


 フルーツはボロボロの身体だが、他の二人よりも傷が少ない。


 これはおかしい、もっと傷だらけだと思ったが。


「フルーツはホムンクルスなので、色々な機能があるんです。それよりも」


 フルーツは何かを手渡してくる、それは小さな石ころだった。


「どうやって使うん……」


 言葉が終わる前に、ぼくたちは光に包まれる。


 未知の現象だが、明らかに石ころの力だろう。


 視界の先に、化け物たちが戦う姿を収めながら、ぼくはどこかに消えていった。



 ★



 テレビを点けて、魔法社会のニュースを眺める。大統領が何かの演説をしているみたいで、よく聞いてみると国防の話だった。


「一貫しているなあ」


 ぼくに語った言葉と、全く同じだ。強さこそが、全てに優先されるのだと。


 その言葉はあまりにも現実的で、理解することは簡単だった。


「……もう、元気になったでありますか」


 恨めしそうな声が聞こえてきた。隣のベッドに横になっている、フィアの声だ。


 ぼくたちは今、病院の大部屋にいる。四人部屋なので、窮屈な気分だ。


 石ころの効果で、ダンジョンの入り口のある村まで戻ったぼくは、直ぐに村長に助けを求めた。


 事情を知っていたようで、そのまま魔法陣を使って大きな町に搬送されたのだった。


「そっちこそ、もう大丈夫か?」


「そんなわけが、ないでありますよ」


 確かに酷い有様だからな。ぱっと見てもフィアの全身が重症だと主張している。


 具体的な解説はしない、哀れだからだ。


「なぜ、先生は無傷なのでありますか?」


「いや、治してもらったから」


 魔法使いの治療は、少し複雑だ。凄い魔法で一気に治す前に、身体が汚染されていないかチェックをする。


 相手の魔力で汚染されていると完治しないどころか、未知の生物に変わってしまう可能性があるかららしい。


 あの大味な金棒にも、しっかりと魔力が宿っていたのだと。繊細な話で、意味不明な理屈で満ちているらしい。


「ぼくには一切の淀みがなかったらしいよ。だから、直ぐに怪我を治してもらえた」


「先生も、戦ったのでありますか?」


 そうか、こいつは気絶していたので知らないのか。


「戦ったとは言えないな。時間を稼いだだけだよ」


 それ以上のことはしていない。生き残った以上は、上手くできたと思うが。


「よく逃げきれたでありますな。……あれほどの強さだったのに」


 意気消沈したようなフィアの言葉だが、その言葉には反論がある。


「あれほどの強さ? あんなものは雑魚に過ぎない」


「……何を言っているのでありますか? この有様で」


 確かにその通りだ。全滅寸前にまで追い込まれて、ギリギリで逃げきれた。


「先生、自分は強くなれるでありますか? こんなにも、弱いのに」


 どうしてそんな強がりを言っているのかと、フィアの言葉から読み取れる。


「強くなれるさ、簡単に。負けたのは、今のお前たちが弱いだけだろう。言葉通り、あれは雑魚だよ」


 知能の高さは伺えたが、所詮はそれだけだ。


「もっと凄い奴なんていくらでもいるぞ。学院長やルシル、キリやエキトだって、オーガを一撃で倒したと思う」


 どう聞こえるかはわからないが、ぼくは戦う者じゃないんだ。


 魔力がないのに時間稼ぎが出来ただけで、奇跡を超える偉業を為したと思ってほしい。


「ぼくは頑張ったよ。お前たちが頑張らなかったんだ」


「何を言うであります! 命を懸けて、死力を振り絞ったでありますよ」


 その言葉には嘘がないし、ぼくもその通りだと思う。


 でも、現実は厳しい。


「強さを求めるなら、努力なんて評価できない。負けたと言うことは、手を抜いたと言うことだ」


「な!」


「気絶するなんて許されない。怪我を負っても、手足を失っても戦いを挑めよ。負けて生き残ったと言うことは、お前には余裕があったと言うことだろう?」


 厳しい言葉だが、これは事実だ。


 足を止めてはいけない。動きを止めてはいけない。意識を失ってはいけない。挑戦を諦めてはいけない。


 それが出来て、初めて格上に勝てるのだ。弱者が強者に対して、余裕を見せたら負けるに決まっている。


「気絶しても、直ぐに目覚めろ。心臓が止まったら、直ぐに動かせ。死んでしまったら、直ぐに生き返るんだよ」


「出来るわけがないでありますよ。それでは化け物と変わらないであります」


 フィアの言葉はすべて正しい。そんなことは出来るわけがない。でも、それが出来ないと思ってしまう時点で、資質に欠けると言える。


 気持ちだけでいい、心だけでいいから。狂信的なまでに思い込めない奴が、どうして勝利を掴めると言うのだろうか。


「ぼくは出来たぞ。痛くて死にそうだったけどさ、負けないと。自分が死ぬわけがないと思い込んだら、本当に死ななかった」


 本当なら最初の一撃で死んでいただろう。魔力の有無とは、そのぐらいに致命的だ。


 でも突き進んだら、どこまでも貫いてみたら生き残った。痛くてたまらなくて。自分を見失うほどに血に塗れていたけど、負けなかった。


 死にたくなければ、生きるしかない。負けたくなければ、勝つしかない。そんな精神論を貫くことで、ぼくは生き残ったのだと。そう確信できたのだ。


「この残酷な世界で強くなるには、狂うしかないぞ。みんなそうだった」


 ぼくが言えるのはこのぐらいだが、真理だと思う。


 殴り合いで勝てるのは、痛みを無視出来るやつだ。


「……」


 フィアの心が折れないように願う、それでは約束が果たされないから。

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