思い入れ

 


 体感的には、一時間もしないうちに目が覚めた。何が原因かは、わからない。


 時々だが、大きく揺れる事か。フルーツの膝が堅いのか。


 あるいは……。


「貴女にしては、物分かりがいいでありますな」


 絶え間なく聞こえてくる、耳障りな会話のせいでよく眠れなかったのだろうか。


 ぱっと起きて、会話に参加したいところだが。口出しをするには、面白い話題だった。


 許可もなく、ぼくを話題にしているようなので、楽しく聞かせてもらうとしよう。


「なにがですの?」


 ちらりと上を見上げると、フルーツは熟睡している。


 人形の分際で、人間よりも寝つきが良く、また眠りが深いのだ。


「先生の言葉に、素直に従ったことでありますよ。噂に聞く問題児なら、跳ね除けて逃げ出すと思ったであります」


「はっきりと言いますのね。ワタクシの何を知っていると?」


 つぼみは苛立ったように返事をするが、意外にも仲は悪くないようだ。


「噂は多く聞いているであります。最強の魔法剣士を目指していることや、透明にすら見えるほどに細い剣を使用していることなど」


「ふん、御高名な潔癖に知られているのは光栄ですわね。いずれ打倒しますので、覚悟をしておくことですわ」


 負け犬の言葉にも聞こえるが、強い闘争心も無くしてはいない。


 つぼみはフィアを、大きな目標の一つとして認識しているのだろう。


「潔癖のほうこそ、兄上を先生と呼んでいるのですね」


「自分の欠点を治してくれる、偉大な先生でありますからな。敬意を持っているのであります」


 そんな約束はしていないのだが……。


 契約内容は欠点を治すか、大きな功績を上げるかだ。


 フィアが何一つ変わらないまま、この話が終わることもあり得ると思う。


「……兄上は面白いですわ」


 つぼみは、小さく語りだす。その言葉は、内緒話のようだ。


 二人きりの会話は、誰にも聞かれない秘密の話だと。実際には、ぼくとフルーツが真後ろにいるのだが。


「神埼の家は、つまらない場所でしたわ」


 その話は、ぼくの知らない内容だ。


「父上も、母上も。兄弟たちも全て、小さくまとまっている。自らの小さな器を受け入れて、弱者のために生きるのだと、負け犬の言葉を大切に秘している」


 なんとなくだが、ぼくも同じ印象を持っている。掠る程度にしか関わりはないのだが、あいつらは小さかった。


 でも、ぼくは嫌いじゃない。好きでもないが。


 あれはあれで、誇りのある生き方だと思う。一つの道であることには、疑いの余地もないから。


「その中でも、一番多く魔力を持っていたワタクシは、少しだけ扱いが悪かったのです。魔力の少なさこそが自慢で、多いものは一族の恥だと主張していましたわね」


「……それは」


「魔法社会では異端の考えですわね。でも一定の成果を上げて、評価もされている」


 それは、名家と呼ばれるほどに。


 魔力の少ない魔法使いなんて、たくさんいる。弱者だって、強者に負けたくはない。


 そのための工夫こそが、神崎の家の特徴なのだ。


「でも、ワタクシは耐えられませんでしたわ。命ある限り、上を目指さないのは有り得ませんわよ」


 その意見も間違いではない。でも、わかっているのだろうか?


 上を目指すと言うことは、いつかは下に堕ちると言うことだ。


 その証が、地位なのか名誉なのか。あるいは命なのかは、わからないが。


「十歳のころに、魔法使いの家系は、学院に子供を送り出すと聞きまして」


 ……うん?


「ワタクシがその枠に立候補したのですわ。父上も、その人選に苦労していたようですし」


 それって、ぼくも聞いたぞ。


 誰かが行くのだから、ぼくに行けと。だから、イギリスまで行かされたのだ。


 それが嘘だった。ならどうしてぼくは。


 ……嫌がらせか、疎まれていたからなあ。


「でも、まだ小さかったワタクシには、外の世界が恐ろしかった」


 辺境の島国で生きていた小さな子供が、大きな世界に羽ばたくのだ。


 そこに恐怖があるのは、当たり前の感情だろう。


「そんな時に、話を聞いたのです。生まれて直ぐに追放されてしまった、もう一人の兄上の話を」


 ちなみに、だが。


 神埼の家で、追放扱いを受けたのはぼくだけらしい。


 長い長い歴史の中で、それだけの扱いを受けたのはぼく一人だった。そこにどれだけの理屈や感情が込められていたのかは、もうわからない。


 そんな人間に、何を思うというのか。少しだけ、興味がわいてきたのだった。

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