地獄からの一時帰還と、ストレス解消

 


 探し人の情報を手に入れると、ぼくたちはさっそく、乗り込むことにした。


 女子寮の最上階、二人部屋を一人で独占しているらしい。


 無関係な人に迷惑をかける心配はなくなったが、どうしてそんな特例になっているのだろう。


「力で追い出したみたいでありますね。イギリス校ほどではなくても、実力が全てには違いないので」


 魔法社会とは、本当に物騒な場所だ。


 話し合いよりも、殴り合いの方が推奨されているのだから。


「ここであります」


 フィアがマスターキーを使って、簡単に部屋を開けてしまう。


 普通の生徒が相手ならばよくない行為だが、問題児が相手ならば大丈夫だろう。


 そのままフィアが率先して中に入っていくと、誰かの叫び声が聞こえてきた。


「な、なんですの! これは一体、どういうこと!」


 その言葉を合図にするように、ぼくとフルーツも突入する。


「これは凄い」


 足の踏み場もなかった。


 難しそうな本から、漫画まで。ゲーム機から、お菓子の数々。


 不思議な形をした、失敗作に見える刀剣の数々に。流行りの洋服まで、なんでもあった。


「あ、兄上!? ひいっ、近寄らないでくださいませ」


 地獄めぐりがよっぽど、その心に響いたのだろう。


 つぼみは引きつった顔で、ぼくのことを歓迎してくれた。


「その前に……」


 腰を落ち着けたいのだが、見ての通りそんな場所はない。


 ベッドや椅子にまで、荷物が置かれているのだ。


「仕方がない。あれを呼ぼう」



 ★



「それで、私を呼びつけたのですね」


 呆れた顔で、疲れ切った声を出しているのはルシルだ。


 フルーツに頼み、書類地獄から一時の釈放をしてもらったのである。


「ああ、頼むよ」


「……私を放置して遊んでいたのに、いきなり呼び出して頼み事。私が望みを聞くとでも?」


 ジト目になりながら、嫌味な言い方をしてくるが。


「当然だろう。急いでくれ」


 そんなものには効果がない。


 人に仕えるのが幸せだと言い切る人間が、頼みごとを断るはずもなく。


 これはルシルにとっても、幸せな出来事なのだから。


「まあ、いいでしょう。でも終わったら、ムゲンくんに話がありますからね!」


 ぼくに指を突き付けると、腕まくりをしながら掃除を始めるルシル。


 これでようやく、話が進むのだと思ったら。


「ちょっと待ちなさい! ワタクシはそんなもの許可しませんわよ。ここが一体、誰の部屋だと思っているの」


「うるさいですね。これはムゲンくんのお願いですし、なによりこんな部屋を放置してはおけません! 余計なものは、捨てていきますからね」


「ま、待ちなさい。これらのものは、ワタクシにとって……」


 ルシルとつぼみは、言い争いをしながらも掃除を始めていく。


 余分なものは、すべて捨てたがるルシルと。全てが大事なので、整理だけで許してほしいつぼみの戦いは。


 果たしてどちらが、勝利を収めるのだろうか。


「な、ワタクシの一撃を、こんなにも容易く!?」


「全てが未熟すぎますよ。遊んでいるから、成長が遅いんです」


 ……違う戦いも始まっていた。



 ★



「おお……」


 始めにルシルが座る場所を確保してくれて、ぼくたちは座りながらお茶をしていたのだが。


 みるみるうちに、部屋の光景が変わっていく。やっぱりルシルは、手際がいい。


「でも少し残念だな。人間味があって、面白い部屋だったのに」


 統一感のない装飾過多な部屋は、見ているだけで楽しかった。


 なんのモットーもなくて、なんのポリシーもない。ただ生きていたら、散らかってしまった部屋。


 それは観察してみると、人間性を浮き彫りにする。


 誇張に溢れた、大げさすぎる言い方をするのなら。つぼみの生きてきた証が、ルシルに駆逐されていくのであった。


「先生の手荷物は、少なかったのであります。彼女に共感は出来ないのでは?」


 フィアの言葉も正しい。つぼみに共感できる部分はない。


 ぼくは手に入れたものを、直ぐに捨ててしまうからだ。


「お兄ちゃんはたくさんのものを欲しがるのに、自室には何もありませんでしたからね……」


 イギリスの部屋に置いていたのは、大きめのベッドと、ルシルが買ってきた服だけだ。


 欲しいものはなかったし、あの面白い学院だけで退屈は潰せたからな。


 それから二時間ほど、悲鳴と叫び声に満ちた部屋で時間を潰すと。


 見違えるように綺麗になった部屋に、泣き崩れて眠ってしまったつぼみ。


 満足そうな顔をして、飲み物を注いでくれるルシルがいたのだった。


「すっきりした顔をしているなあ」


 ルシルのストレスはなくなったらしい。


 疲れ切った顔をしていたのに、今ではツヤツヤとしている。


「ええ、それはもう!」


 声にも元気が満ちていて、三日三晩は働けますよと言わんばかりだ。


 さて、ルシルへの用事はなくなった。


 ……どうやって穏便に、書類地獄に帰ってもらおうかな。

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