地獄に堕ちたもの

 


「どうやら、話を聞けたようだね」


 フィアと共に、一階のリビングに降りる。


 そこには新聞を読みながらコーヒーを飲み、ゆっくりと、くつろいでいるエキトがいた。


「まあな。それにしても、随分と優雅だな」


「長かったからね。そんなに込み入った話だったかな?」


 ぼくたちの分も、飲み物を用意するエキト。フィアにはトーストも付けている。


「さあな」


「感謝するであります。店主のおかげで、先生に相談が出来たでありますよ」


 フィアの感謝の言葉を聞いて、エキトは微笑みながら受け流す。


「感謝はいらない。無限に必要な情報だから、早めに提供してあげたかっただけだよ。それよりも、今後の方針は定まったかな?」


 フィアに冷たい返事をして、ぼくに話を振って来る。


 相変わらず、身内にだけ優しい男だ。


「ダンジョンに潜るさ、それが一番楽しい」


 それ以外の全ては、二の次でいいだろう。


「それならメンバー集めだな、パーティを組むべきだ。無限は戦えないんだから、使える剣と盾は多いほうがいい」


「それには賛成であります。でも、人数が多すぎると、逆に動きにくいのでありますよ」


「多くても、五人までだな。フィアがいるから、強さには拘る必要はないだろうね」


 二人が勝手に話を進めていく、間に入らなければ全てが決定しそうな勢いだ。


「一人は決めている。あと二人か……」


 頑張れば三人でいいだろう。とりあえず、ダンジョンの様子を見るだけでも……。


「待ってください!」


 深く考えていると、店の入り口から聞きなれた誰かの声が響いた。



 ★



「話は聞かせてもらいました。もちろん、フルーツの枠は用意されていますよね」


 突然現れた、いつものお人形さん。


 どうやってこの場所を知ったのか。


「お兄ちゃんの場所は、探知できるんですよ。今のところは、フルーツだけの特技ですが」


 魔力がないぼくは、魔法使いには探知できない。魔法使いは、魔力を追跡して居場所を探るからだ。


 でもフルーツは、普通の人間の特徴からも居場所を探れる。生命力だったり、脳波だったり。


 もちろん知り合いに限るらしいが、ぼくの居場所は簡単にわかると言っている。


「お兄ちゃんの護衛は、フルーツしかあり得ません! 絶対についていきますよ」


 店の中に入ってきて、大声で宣言をしている。


 まあ、こいつでもいいか。


「まあ、待ちなよ。無限は最初から、仲間外れにする気はなかったさ」


 なあ、とエキトが話を振って来るが……。


「いや、フルーツのことなんて忘れてた。決めていたのは、別の奴だよ」


「やっぱりですか」


 はっきりと答えると、怒りながらも落ち込んでいるフルーツ。


 でも、直ぐに気を取り直して。


「思い出してくれたのなら、フルーツを仲間に入れてくれますよね?」


「ああ、いいよ」


 問題なんてない。役にも立つし。


「そういえば、ルシルはどうした?」


 来るなら一緒だと思っていたが。


「お姉ちゃんは、地獄に堕ちましたよ」


「へえ、それはよかった」


 これ以上は、話が複雑になることも、なくなったわけだ。


 あいつは閻魔大王でも、倒しに行ったのかな?


「本当の地獄ではありませんよ。強いて言えば、雑用地獄ですか」


 フルーツは手元に鏡のようなものを作ると、空中に映像を投射する。


 まるで映画のワンシーンのような、何かが映っていた。


『これが追加の書類です。納期は明日までなので』


 まず最初に分かったのは、とても狭い部屋だと言うこと。


 山のように積み重ねられた書類と、マグカップや栄養剤。


 座っている女性は、その山を消費しようと必死に努力しているが。


 氷のように冷たい声を出す誰かに、書類の山を追加されている。


『ま、待ってください。こんな量は、とても……』


『貴女は問題を起こして、このアメリカ校にやってきたんですよ。世界最高の魔法使いでも、次の流れ星候補だとしても、優遇してもらえると思ったら大間違いです』


『ぐぐっ』


『理事長からは、徹底的にこき使うように言われていますからね。イギリスに帰るまでは、ずっと泊まり込みだと思ってください!』


 強烈な一言を加えて、誰かはその部屋から出て行ってしまった。


『……恨みますよ、ご先祖様。私が何をしたって言うんですか』


 残された誰かは、恨み言を呟きながら机に突っ伏した。


 その反動で、書類の山が一つ地面に散らばってしまう。


『無限くんもどこかに行ってしまうし、フルーツはどこに行ったんでしょう?』


 ……なるほど、画質が悪くてわからなかったが。


 あれは、ルシルだ。


『これでは、ムゲンくんを探しにも行けません! あの子はもう、心配ばかりかけて』


 なにやら、怒っている。


『もう、もう! 二人とも、手伝って下さいよう!!』


 そして叫び出したと思ったら、不自然に中空を睨み出した。


『……誰か、見ていますね?』


 なにかに気づいたルシルは、集中するように目を閉じる。


『この魔力は、フルーツですね。何をしているんですか?』


 恐ろしいほどに、鋭い奴だ。


 あっという間に察してしまった。


『ムゲンくんは見つかりましたか? 何故戻ってこないのですか?』


 ルシルの疑問は止まらない。


 その問いかけは、フルーツではなく自分に向けて。


『私を見捨てて、どこかに遊びに行く気ですね! ムゲンくんに頼まれて、私の様子を見ているんでしょう』


 ぼくが頼んだわけではないが、ほとんど正解に辿り着いている。


『私を見捨てたら、あとで酷いですよ? 聞いてい…… 』


 そこで、フルーツは映像を切った。


「こんなところです。さて、どうしますか?」


 フルーツも強くなったものだ。


 聞かれるまでもない。さあ、遊びに行くか。

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