幕間9

 


 胡散臭い話だ。


「ぼくのことは置いておいても、信じがたい。お前の言葉が正しいなら、世界はもっと平和になっているはずだ」


 ケンカも戦争もなくならない。


 むしろ、なくなってはいけないものになっている。


 利用できないものなんてないからだ。争いすらも、人は生きる糧にする。


「人が信じ合えていると言うなら、なぜ戦いはなくならない」


 魔法の世界を知ったことで、その考えは加速した。


 強い力を持つものが溢れていて、一歩間違えるだけで全てが滅ぶ。


 人の命なんて、羽毛よりも軽いのだ。


 神や異種族だって、同じ世界に存在する以上は、繋がっているはずなのに。


「言ったよね、あたしは細胞たちを操ってはいないって。それは自由意志のものに動いているんだよ」


「信じあっている者たちが争うことが?」


「そうだよ、この世界は平和で出来ている。細胞たちが望むのなら、一切の争いがない平和な世界になれたんだ。その道を、自分たちで選ばなかったのさ」


 自分たちで、平和を選ばなかった。


 自分たちで、争いを選んだ。


「その現実を、あたしのせいにされても困るんだよね。細胞たちは、困ったら神や世界が悪いって言うけど。自分たちで選択して、自分たちで考えて殺し合っているんだから」


 弱きものは強きものに、原因を求める。


 クーデターの時もそうだった。


 人族が追い詰められているのも、学院で死んでいくのも学院長のせい。


 自分で選んだことなのに、自分の弱さが原因なのに。


「戯言に関心はない、あたしは干渉しないよ。争うのなら争えばいいし、滅ぶのなら滅べばいい。あたしは神じゃないからね、どうでもいいんだ」


 その言葉は正しい、セカイは神じゃない。


 責任もなければ、義務もないのだ。ぼくやルシルたちと、何も変わらない。


「お前は質問に答えていない。何故、生命は争うんだ?」


「争いたいから、争う。これは本能なんて生易しい話じゃないよ、あくまでも理性で動いている。殴りたいから殴るし、殺したいから殺す。なにもかも、自己責任なのさ」


 体が勝手に動くわけではない。


 誰かに操られているわけでもない。


 やりたくないことを、強制されているわけではなく。


 自分がやりたいことを、自由に行っているだけなのだ。


「深く考えない方がいいよ。脳がどうとか、本能がどうとかくだらない。原因を語るのなら、ただ生命が醜いだけだからね」


 嫌な話だ。


 世界が平和にできていて、繋がることで理解しあえているのに。


 そのうえで争いを望んでいる、その上で殺し合いを必要としている。


 生命とは歪んだものだと、痛感してしまう。


「足りないものがあるから、欲しいものがあるから争うんじゃないよ。全てが満ち足りて、幸福に生きていても殺し合いはなくならない。楽しいんじゃないの?」


「そんなことは、ないだろう。平和を叫ぶ人たちはいる。助け合って、肩を寄せ合って……」


「それも戦いなのさ」


 家族を守ろうとする争い。仲間を守ろうとする争い。


 弱者を守ろうとする争い。世界を守ろうとする争い。


 ……優しい気持ちからも、争いが消えることはない。


「それでは、優しさなんて意味がない。他人を受け入れる価値がない」


 繋がりなんて、ろくなものじゃない。


「そんなことはないよ、その感情に価値がある。争いに繋がってしまうことは、別の問題だ」


「……」


「他人に優しくしたい気持ちと、世界が平和になってほしい気持ちは別物だよ。世界から戦争がなくなってほしいと願いつつ、友人とのケンカはなくならない」


 優しさが平和につながると言うなら、友達や家族とケンカはしない。


 大切な存在だからこそ、ケンカをする。見知らぬ他人の方が、争わない。


 なくならない、これでは争いがなくなることはない。


 全ての生命は争いたいから争う。どんな理由も、言い訳に過ぎないのか。


「気持ち悪いな。やっぱり、ぼくが世界と繋がっているようには思えない」


 争うぐらいなら、近づかなければいい。


 他人を尊重して、踏み込まなければいい。


 ぼくはそう生きてきたし、これからもそうする。


 その生き方のおかげで、宗次は死んだけどぼくは生きている。


 他人は、自分とは違うのだから。


「そうだよ。むげんはあたしと繋がっていない。ううん、何一つとして繋がってはいないんだよ」


「……え?」


 セカイの感情の動きには、戸惑うばかりだ。


 さっきまでコロコロと笑っていたのに、急に真面目になる。


 まるで、とても大事な事のように。

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