幕間7

 


 生まれてからずっと一人だった少女が、初めて他の生命に出会ったことで、絶望する理由。


 ぼくの考えでは、大きく分けて二つだと思う。


 理想とは違うものだった時と。理想そのものが、路傍の石ころに劣るものだと、気づいてしまったときだ。


 セカイにとっては、どちらが現実だったのだろうか。


「長い時間が過ぎて、たくさんの星が生まれて。その中であたしは、地球に目を付けた」


 その理由は、綺麗だったから。


 命が生まれていて、蒼い海が遠くからでも、眩しく美しかったから。


 だから、セカイは地球が好きになったと語る。


 宇宙には他にも、生命が生まれている星があっただろうに。絶対者がひいきをする理由は、あまりにも単純だった。


「生命が、少しずつ大きくなっていく。お話も出来ないほどに小さく、未熟なものだったけど」


 その輝きは、眼を灼いてしまうほどに。


「この世界から、ずっと眺めていたんだけど。ある時、違和感に気づいたの」


 ……ああ、その気持ちがわかるなあ。


「まだ動物と人間の差も、曖昧なほどに昔の話だけど」


 ……ああ、あたしでも怒ると思う。


「みんなの気持ちを、自分のことのように感じて」


 ……それは許せないよね。


「あたしたちには、境界線がないことに気づいた」


 ……嬉しいなあ。うん、それは嬉しいよね。


「世界は、一つだったの。全ての生命は、みんなあたしだった」


 考えてみたら、当たり前の話だ。全てはセカイから生まれている。


 模造世界は、本質世界から生まれたのだ。


 生命だろうが、物質だろうが。地球だろうが、人間だろうが。


 その全ては、セカイに起因する。所詮は模造品、コピーに過ぎないのだから。


 皮肉な話だ。他者を求めていたセカイが、初めて出会った生命。


 それが、自分だったんだ。



 ★



「一度気付いたら、あっという間だった。大きい部分から、小さい部分まで。全てにあたしの面影があったんだ」


 絶望は加速して、失望は限界を知らない。


 その美しさも、その愛しさも。全てが自己愛に過ぎず、その全てが癇に障ったのだ。


 ……ぼくに言わせれば、セカイから生まれたものでも、決してセカイそのものではない。


 その感情は、自分に宛てたものではないはずだ。


 でも、そんな言葉は慰めにもならない。だって、セカイがそう感じてしまったのだから。


「泣きそうだったよ。怒りに任せて、全部壊した。でもさ、また新しく生まれてくるんだ」


 生命が生まれてくるのは、セカイの意志じゃない。


 望んでもいないのに、その世界には何かが生まれてくる。


 セカイの面影を、その内に宿しながら。


「何度目の時かな、壊すのを諦めたんだ。そして、また眺めることにした」


 自分の気持ち一つで、世界を破壊する行為は、神の行いと呼んでも差し支えのないものだ。


 でも世界に翻弄されるその姿は、ちっぽけな人間と何も変わらない。


 セカイがどちらなのか、ぼくにはわからなかった。


 でもそんなことを考えていると、セカイから感じる大きなプレッシャーなんて、どこかに消えてしまった。


 印象が裏返る。大きなものから、小さなものに。


「小さな命が、どんどん進化していく。いつの間にか、人間が文化を作っていったよ」


 それがいつの時代かはわからないが、少しずつ現代に進んでいるのだろう。


「そのうち、あたしに似た人間が生まれて。体を借りて、たくさんのものを見たんだ」


 どうしても、寂しかったのだろう。


 一人きりで眺めているのは、本当に辛かったのだろう。


 ぼくにはわからない気持ちで、セカイの持つ人間らしい感情。


「少しずつ、実感は強くなっていった。全ての生命はあたしの細胞に過ぎなくて、あたしに似ている人間はただの端末なんだって」


「それは、思い込みじゃないのか。全ての生命なんて、結局は別のものだ。似ているからって、同じじゃない。ぼくとセカイは、赤の他人だろう?」


 そう。ぼくはセカイに、親近感なんて感じてはいない。


 共通点があるとも思わないし、気持ちを推測して理解しているだけだ。


 共感できる感情なんて、何一つ存在しないのだから。


「世界って言うのはね、一つのものなの」


 ぼくの質問を誤魔化すように、セカイは少しずれた答えを返した。


「全ての人間、全ての物質。あたしや宇宙も、すべて合わせて世界と呼べるの。それは全てが繋がっているから」


 繋がっている。それはどういう意味なのか?


「人間たちは、どうして互いに理解し合えると思う? 初めて見る人や、遥か昔からある物を受け入れることが出来ると思う?」


「どうもこうもない、あるものはある。目で見たものを、否定してどうする?」


「むげんの言葉は、出来ることを前提としているよ。何故、そんなことが出来ると聞いているんだよ」


「だから、理解することで」


 互いを知り、仲を深める。説明されることで、その正体を理解する。


 そして理解できるから、受け入れる。


 そんなことを説明すると、セカイは笑って否定する。


「何の理由にもならないよ。説明されたから? 実際に試して使ってみたから、理解できている? あはっ、綺麗な理由だね」


 そんなことを言われても、人間の気持ちなんてよくわからない。


 でも確かに、説明されたって疑うし。使ってみたからって、正しい使い方だと証明されない。


 強いて言うのなら……。


「それを信じることが出来るから、受け入れることが出来るんだ。説明する人を信じることが出来る。その使い方を、信じることが出来る」


 そうだろうな。そして、何故信じることが出来るかと言うと。


「繋がっているから、信じることが出来るの。他人だろうと、無機質なコンクリートでも、どこかで繋がっているからこそ。無意識に信じることが出来るんだよ」


 その言葉には、不思議な説得力があった。


 人は無意識に、全てを信頼している。


 その根源的な理由は、繋がっているからだと。


 ずっと他人を観察して来たぼくには、納得のいく答えだと思えたんだ。

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