幕間3
『たすけて、たすけてよう……』
機械音とまでは言わないが、正体の分からない声が聞こえる。
助けを求める声、絶望を嘆く声なのに、その印象は全く違う。
弱々しさなど、一切感じない。これは強者の発する音だ。
この時、確信できた。ぼくが人生最大の脅威を感じたのは、この声の主だと。
『だれか、いないの?』
この声には、力がある。
誰が話しているか、どこから話しているのかもわからないはずなのに。
なんとなくわかる、わかってしまうのだ。
「ここにいるぞ」
一応、言葉を返しておく。
ぼくがここにいるのだと、この声の主に返事をしてみる。
『声が届かない。あたしの細胞たちは眠っちゃった』
声が届かないはこちらのセリフだ。ぼくの言葉は、誰にも届いてはいないらしい。
『この端末はハズレだった。深度が高すぎる』
意味のない独り言になってしまい、とても虚しい。
『こんなことなら、遊ぶんじゃなかった。大人しく、眠っていればよかった』
誰かの要領を得ない言葉が続く、その内容をぼくは理解できない。
ラジオ代わりに、その音を聞きながら。ぼくは声を辿っていく。
「幸いにして、この街のどこかにいるな」
何かの間違いで、ぼくの声が届くように。
虚しい独り言をつぶやきながら、ぼくは進む。
この街は意外と広い、もう少し時間が必要だろうな。
『あたしは一人なんだ。あはっ、最初からそうだった。本当に初めから』
一言一言から、言葉に出来ない力を感じる。
それは圧力と言えばいいのか、それとも……。
『全部、神のせいだ。あいつがあたしを一人ぼっちにした。こんなに広い世界なのに、あたしだけしか造らなかったから』
「あそこだ」
街で一番大きな病院、その地下にいるんだと思う。
それにしても、一言が重い。
その感情の強さに、頭が痛くなりそうだ。
「ほんとうに、理解できないな」
声の主が抱いている感情が、ぼくには理解できない。無理やり当てはめてみるのなら、孤独と諦観だろうか?
どっちもよくわからない、ぼくが感じたことのない感情だ。
こんな時、人間を観察していてよかったと思える。そうじゃなければ、こんな奴は宇宙人と変わらない。理解不能にもほどがある。
『うう、うううう』
さめざめと泣きだしたようだ。これで探索に集中できる。
正直に言って、気になる言葉が多すぎて、気が散るのだ。
出会う前から分かる。この声の主は特別な存在だ。
ルシルや学院長なんて目じゃない。出来る事なら、永遠に顔を会わせたくない生物だ。
「そういうわけにもいかないよなあ」
そこが辛いところだ、出会わなければ何も解決しないだろう。
このまま星が落ちてきて、終わりを迎えるのも美しいが。
まだ先に続けることが出来るなら、そのほうがいいだろう。
ぼくの楽しみは、まだ終わらないのだから。
「それにしても、これは何階だ?」
既に地下三階まで降りているが、もっと下らしい。
さっきからよくわからないシステムや、結界のようなものを感じるが、ぼくが近づくと勝手に解除されていく。
理由も原因もわからない、それでも都合だけはよかった。
『……え? 誰か、いるの?』
ようやく気づいたのか。
今までと違う反応に、ぼくは返事を返してみる。
「ここにいるよ」
その衝撃は、まるで爆発に等しかった。
声にすら出していない感情で、ぼくの頭が割れるかと思えた。
『あなた、だれ? ううん、なに?』
なに、ときたか。
どうやって返せばいいかわからない。その言葉は、とても難しいから。
「なんでもいいだろう。お前に迷惑している人間だよ」
最初からわかっていたことだが、この不可思議な世界はこいつが原因だと思う。
その理由が、故意か偶然か。善意か悪意か。
なにもわからないけど、それはそれ。
ぼくが向き合うべき相手は、この声の主だと理解している。
「世界がぐちゃぐちゃで、みんなも眠っている。迷惑なんだ、何とかしてくれ」
ぼくの想像が全て適当で、なにもかもが言いがかりだとしても。
この声の主なら、元に戻せる。そんな確信があるんだ。
それは信頼に近い感情で、ぼくも戸惑っている。
本当に、自分が分からない。ぼくは今、何を想っているんだろう。
『あたしにはなにもわからないけど、みんな元に戻ってほしいなら』
他者と言うものは、力になるものらしい。
世界にたった一人の孤独より、顔も名前も知らない誰かがいるだけで理不尽にも抗える。
『あたしに会いに来て。……あたしを、助けて』
そんな些細なことが、この声からよくわかった。
力を取り戻した声音、ハッキリとした口調。もう涙はどこかに消えてしまって、戦う意思で一杯のようだ。
「わからないな」
……まったくぼくには理解できない。一人と二人で、何が違うと言うのか。
これからどんな奴を目にすることになるのか、想像すら出来ないが。
ぼくにはわからない存在だと言うことは、確信できるのであった。
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