幕間4

 


 どこまでも、階段を下りていく。


 底なし沼のようで気味が悪く、今がどの辺りかの推測も出来なくなった。体感で言えば地下十階をとっくの昔に過ぎていて、魔法の力かと疑っている。


 それでも、ようやくゴールにたどり着く。


 そこは大広間だった。広大な空間に、一人の人間がポツンと立っている。


 後ろ姿だが、おそらくは女性だ。闇のような黒く長い髪に、砕けそうなほどに脆い身体。


 恐ろしいほどのプレッシャーを発していなければ、人間ではなく人形の類だと勘違いしそうなほどに。


「お前か?」


 さっきから、謎の声は一切聞こえていない。


 目覚めてから、初めて眠っていない人間を見た。


 こいつだと思って、間違いはないだろう。それとも、立ったまま眠っていると言うのか?


「……」


 それはゆっくりと、ぼくに振り向く。


「へえ、趣味が悪い」


 機械的なお面を被っているようだ。重そうだし、呼吸も難しいだろう。


 自分の意志で身に着けるものではないと思う。もしそうなら、意図を聞いてみたいな。


「……キ」


「は?」


「キエロォォッッ!!」


 ぼくを認識したかと思うと、仮面の女性は襲い掛かってきた。


 だが、その動きはお粗末だ。


 魔法使いはおろか、ぼくにすら遥かに劣る身体能力でしかない。


 対処法はいくつか思いつくが、果たしてどれを選べばいいだろう。


「ま、仮面だな」


 あれを壊すか、外してやればいいだろう。


 何が起きるかは、その時次第だ。


 仮面の女性の攻撃を楽にかわし、すれ違うように仮面を奪った。


 そのまま地面に落とし、踏みつぶして粉々にする。同時に仮面の女性は、力尽きたように倒れこんだ。


「おいおい」


 これでいいのかと。死んでいないかと、女性の腕に触れ……。


「捕まえた!」


 逆にぼくの右腕を強い力で掴まれると、仮面の女性は力強く眼を開ける。


 そして、世界は一変したのだった。



 ★



 一面の花畑。


 咲き乱れているのは、名前もわからない大小さまざまな美しい花々だ。


 その中心に、ぼくたちは倒れていた。


 まるで、二人で身投げをしたようだ。最後の場所として、この美しい花畑は幻想的すぎるが。


「ありがとう。あたしを助けてくれて」


 隣に倒れていた女性は、活力に満ちている。そのまま目を閉じながらも、ぼくに礼を告げてきた。


 観察してみると、さっきまでの儚さは完全に消え、強い存在感とエネルギーに満ちている。


 そして勢いよく立ち上がると、ぼくに手を伸ばしてきた。


「あたしは世界、よろしくね! あなたの名前を教えてよ」


 その手を借りて、ぼくも立ち上がる。


 そして断りたい気持ちを必死に抑えながら、ぼくは自らの名前を告げた。


「無限」


 さっきから口を開くのも億劫で、自然と口数も減ってしまう。


 なんというか、重いのだ。


 体が、空気が、全てが。なんだろうか、これは。


「ねえむげん、あなたの話を聞かせてよ」


 セカイの言葉と同時に、テーブルと椅子が突然現れた。


 明らかに魔法、あるいはそれ以外の不思議な力だと思う。


 ぼくらは椅子に腰かけ、会話を始める。体が辛いので、助かった。


「ぼくの話なんてどうでもいい。まずはセカイの話を聞かせてほしい」


「いいよ、お話ししたい。あたし、誰かとお喋りするのは初めてなんだ!」


 それはどういう意味なのか、あんな場所にいたからずっと一人きりだったのか。


 それとも……。


「とりあえず、ここはどこなんだ?」


 さっきまでの無機質な地下室とは、あまりにも違いすぎる。


 そして外の世界とも違う。強いて言えば、いつもの日常と同じだ。


 今は夜みたいだがいつも通りの星空で、燃える星々も、あの大きな星もどこにもない。


 こんなのはおかしいだろう。いまは異常が、普通になっているのだから。


「ここは原初の風景だよ。根源と呼んでもいいけど」


「根源?」


「そう、世界は元々この場所だけなの。むげんの居た場所は、ここから生まれた模造品みたいなものだよ」


 何を言っているのか、全くわからない。


 その言葉を丁寧に読み解いていくと、恐ろしい結論に辿り着く。


「おい、まさかお前は。神だとか言わないよな?」


「違うよ。あたしは神なんて大嫌い、二度と言わないで」


 それなら……。


「あたしは世界。他所からやってきた神が唯一作った、愛しい子供。あたしが全てで、全てがあたしなの!」


 子供じみた言葉は、意味が不明にも程があって。


 その全てが分かるようになったら、ぼくはどうなってしまうのだろうと、全てが嫌になった。

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