エキトとロシアンルーレット3

 


「なぜここにいる?」


 驚きながらルシルに質問する。こんな怪しい店に用があるのだろうか?


「よくわからないんです。今日は書類仕事をする予定だったのですが、不思議と足が向きました」


 フルーツに視線を向けると、小さく頷いた。


 なるほど、これはベルの力か。


 次はエキトに視線を向ける。無言での応酬の末、次はぼくの出番になった。


「それで、何が欲しいんだ?」


「……えっと」


 困ったように視線を彷徨わせ、最後にエキトを見るルシル。


「無限の好きなように」


「そういうわけだ、で?」


 正式にエキトの許可が出ると、ルシルに詰め寄る。


 その姿に一つの結論が出たらしい。


「ああ、バイトですか?」


「こんな怪しい店で働く気はない。質問はしなくていいから、欲しいものを言ってくれ」


 会話を重ねると、ボロが出るだろう。


 ここは力技が相応しい。強引に押し切るが吉だ。


「でも……。さっきも言いましたが、何故この店に来たのかも、わかっていないんですよ」


 それなら追い返そうか。……ぼくの負けになるな。


「そうですね、少し商品を見てもいいですか?」


「駄目だ」


 暴発する。


「なぜ?」


「理由はない」


 答えることは出来ない。


「ではおススメの商品は?」


「わからない」


 この店のことはよく知らない。


 エキトに詳しく聞いても、よくわからない。


 ぼくはルシルの質問に、真摯に応えているのだが、ため息を吐かれた。


「エキト、この子に客商売は無理です。あまり無理をさせないでくださいね」


 今、あまりにも許せない暴言を吐かれた。


 ぼくがおかしいのではなく、この店がおかしいのだと小一時間説教をしてやりたい。


 商品を買わせるか、暴発させるか決めていなかったが。


 この瞬間、ルシルに商品を買わせるルートに決まった。


 破産させるまで、在庫を買わせよう。


「もう面倒だから、目についたものを買って行けよ」


「はいはい、わかりました。言い値で結構ですから、いくつか包んでくださいね」


 梱包なんてやってないと言う前に、重要なことに気づいた。


 こいつは世界最高の魔法使いなんだから、金には困っていない。


 むしろ余らせているぐらいで、何のダメージにもならないのだ。


 いい加減、ぼくから理不尽に奪っている貯金を返してくれ。


 たまには無駄遣いをしたい。……今でもしているか。


「それとムゲンくん。お遊びもいいですけど、私のことも手伝ってくださいね」


 その言葉も許せなかった。これは遊びではない、真剣な戦いだ。


 ゆるくて、特に罰もない不毛な戦いだが。ぼくたちは真面目なのに。


 この時、暴発ルートに切り替わる音が聞こえたのだ。


「買う気があるのなら、自分で選べばいい。エキトのことだから、どれもおススメだろうよ」


 無様な大当たりを引けばいい。どうせエキトが戻してくれる。


「……私が選ぶんですか?」


 この時、少しだけルシルの声が低くなったことに気づくべきだった。


 その理由が、怒りだと言うことにも気づくべきだった。


「自分が買うものを自分が選ぶのは、当たり前のことだろう?」


「さっきは駄目だって言いましたよね?」


「勘違いだ」


「へえ」


 ルシルの目が細まり、攻撃的な雰囲気を身にまとう。


「この店の噂は、耳にしているんですよ」


「え」


「とても評判が悪いですよ、来客した人はみんな怒っています。例えば、商品に触れると、酷い目に遭うとか」


 空気が、少しづつ冷たくなる。


 今すぐに逃亡しようかと考えたが、エキトの店だから大丈夫だと腹をくくる。


「私、嬉しかったんですよ。ムゲンくんが、商品に触るなって言ってくれて。お返しにこの店の商品を、全て買い占めてもいいぐらいに」


 ルシルが近づいてきて、ぼくの右手を掴む。


「ねえ、ムゲンくん」


「な、なんだ?」


 何故、ぼくの手を掴むのか。


「どうして、商品を私が選ぶんですか?」


 満面の笑みが、ここまで恐ろしいとは。


 ぼくの目論見は、全て見抜かれていた。ぼくの計画も全て見抜かれていた。


 珍しく、今日はルシルに完敗だ。一矢を報いることも出来なかった。


 だがこのままでは引き下がれない、最後に一撃だけでもお返ししよう。


「それはな、お前のマヌケな姿を見たかったからだ!」


「ムゲンくん!!」


 今日は敗北を受け入れよう。


 その代償に、ルシルの家に戻ってから長々と説教を受ける覚悟を決めた。

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