よくわからないもの

 


「ムゲンくん、まともに取り合っては駄目です!」


 ぼくが悪魔になるとはどういう意味だと、さらに詳しいことを尋ねようとして。


 突然、ルシルがリフィールに攻撃を仕掛けた。


「星の光よ、邪悪な存在を貫き滅ぼせ!」


 その言葉と共に、ルシルの周囲から無数の光がリフィールに殺到する。


 悪魔を覆っていた闇の魔力の大部分が、その攻撃で引き剝がされる。


 だが、本体にはまるで届かず。一呼吸もすると、闇の魔力は元に戻った。


「ムゲンくん、敵の言葉を真に受けてはいません! ただでさえ貴方は偏見を持たないのです、影響を受けたらどうするのですか」


「それはない」


 興味は持つが、影響は受けない。


 いつだって、ぼくはぼくで、リフィールはリフィールだから。


「本当ですか? 悪魔になってみたいとか、思ってません?」


「来るぞ」


 その質問には答えず、目の前の光景を端的に説明する。


 明らかにリフィールは無傷で、反撃を狙っていた。


「……思ったよりも戦いにくいな、ここまでの影響があるのか」


 と思ったのだが、動きを止めて自らの体や闇の魔力を見てとまどっているようだ。


 なにかあったのだろうか?


「ふん、これも人間のリフィールが持っているイメージか? 魔法の大部分が使えなくなっていて、体の動きも遅すぎる。元々の半分も力が出せないな」


 嘘か本当かわからないが、それが事実なら朗報だ。


 身体に慣れないうちに、仕留めるべきだ。


「ルシル」


「わかっています!」


 返事と共に、ルシルの姿は掻き消えた。数舜遅れて、リフィールも消えた。


 いつか見た、いや見えなかった光速戦闘を始めたらしい。


 ズシン、ドスンという音を立てながら移動をしているみたい。


 始めはリフィールの居た場所、次は上空。


 今は遥か上空で、戦いを続けているらしい。


「この音だけで、激しい戦いが想像できる」


 どうやらぼくが干渉できる範囲の戦いではないらしい。


 わかりきっていたことではあるが。


「ふふ、やるな」


「……そちらこそ」


 気が付いた時には、二人の姿が見えた。


 既に地上に戻っていて、無傷のリフィールと口から血を流しているルシル。


 どちらが優勢か、なんとなくわかってしまう。


「なにお前、魔法が使えない悪魔に勝てないのか?」


「魔法が使えない、詐欺ですよそんなのは」


 ルシルが悔しそうに、リフィールを指さす。


「詐欺なものか、事実だよそれは」


 リフィールが心底心外そうに、ルシルの言葉を否定する。


「だがこの体は思った以上に応用が利く。今の俺は何物でもないのさ、人間との融合とは厄介なものだ」


 悪魔の腕が炎に変わり、氷に変わる。


 悪魔の足が鋼に変わり、黄金になる。


 悪魔の顔が犬に変わり、見知らぬ顔になった。


「想像とは少し違ったな。今の俺は悪魔ではなく、吸血鬼でもない。いわば何物でもない存在だと言える。不確定生物だと言えばいいかな?」


 その体が自由自在に変化することを、リフィールは楽しんでいるようだ。


「全ての機能が消えたことによって、どんな機能でも増やすことが出来るのか。今ならば神にすら手が届きそうだ」


「届かないさ」


 少しだけ体が痛んでしまったルシルのために、ぼくが時間を稼ごう。


 言いたいことを口にしよう。


 なにやら自慢げに語っているリフィールに、水を差してやる。


 なんでもできるからと言って、なによりも強くなったわけじゃないのだ。


「今のお前はなんだよ、それがわからないのなら……」


「俺は悪魔だ、それは変わらない」


 自分が何者かわからないのなら、万能なんて何の価値もない。


 自らの経験を踏まえて、そんな風に論破しようと思ったのに。


 こいつは、ちゃんとわかっている。ぼくとは違った。


「侮るなよ、小僧。俺は悪魔だ、何が違おうとそれは変わらない。たとえ生まれ変わろうと、その誇りを無くす気はない!」


 悪魔の誇り、いや種族の誇り。


 こいつは何に生まれてきたとしても、自らが何者なのかと言う疑問を抱くことはないのだろう。


 それはぼくと同じ。でも、ぼくたちは誇りに想うものが絶望的に違った。


「俺とお前では絶望的に違うんだよ。俺は自らを誇りに想い、悪魔であることを自慢に想っている。それに比べて、お前は何を誇れる?」


 そんなものはない、誇りなどない。


 なくても、困らないからだ。


「変わっても変わらない俺と、変わりたくても変われないお前。皮肉なものだな、お前が悪魔になれば、俺はきっと理解してやれる。その代わりお前も、俺を理解してくれよ」


「嫌だね」


 そんな風に思えたら、どんなによかったか……。


 ぼくはこの世界にもう一人、神崎無限が存在したとしても。


 絶対に理解しあえない自信がある。むしろ殺しあうだろう。


 ぼくのことは誰にも理解できないし、ぼくは誰も理解できない。


 それは絶対の不文律なのだ。


「そもそも、ぼくとお前は全く似ていない。リフィールの方が、とても素晴らしいものだと思うよ」


 これは本当の気持ち。


 自分に誇りを持ち、自分の種族に自信を持つ。


 この悪魔は、しっかりとこの世界に生きている。


 ぼくはまだ、生まれてもいない。

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