防戦一方
「……そうか、やはりお前はわからない」
リフィールは、呆れたようにため息を吐く。
「お前のことは、よくわかってる。最初にお前を助けた時、その記憶を覗かせてもらったからな」
初耳だ、なにをしているんだこいつは。
「どんな理屈はわからないが、お前の中身は表層までしか読み取れなかった。わかったのは性格や、基本的な考え方と言ったところだ」
「そうかい」
「それでも底知れない中身と、人とは思えぬ思想には惹かれたよ。……でも少し、増長しているらしい」
急に視線をギラつかせ、高く右手を掲げる。
その先には、真っ黒な炎。直径三メートルほどの、人間を滅ぼすために作られた黒炎だ。
「躾けは必要だ。自らをちっぽけな人間だと自覚し、悪魔にしてくださいと懇願してみろよ。そうすれば地獄の痛みから助けてやろう」
「くだらない」
ぼくは一言で切り捨てる。
自分がちっぽけな人間だなんてわかっている。
それでも、痛みから逃れるために自分を曲げようだなんて思ったりはしない。
「殺しはしない、でも痛いぜ!」
その黒炎がぼくに迫る。
正直に言って、避けられない。
全力で逃げれば回避できると思っていたが、あまりにも早すぎた。
そしてぼくに直撃する寸前に……。
「ああああああっ!」
ぼくを突き飛ばしたルシルが、身代わりになった。
人体が焼け焦げる音がして、命の終わる音に聞こえた。
黒炎は体を侵食するように燃やしていて。結果としてルシルの体が消えない炎に、溶けるように黒に染まる。
気が付いた時には、ルシルの体の大部分が黒になっていく……。
「ああ、もう本当に痛いですね! ムゲンくん大丈夫ですか?」
びっくりした、もうルシルは黒炎に溶けて死ぬかと思ったとき。
大きな声と共に、無傷のルシルが黒炎の中から現れた。
「お返しです! これで反省しなさい」
ルシルの中指が光る。
その光は、目が焼けそうなほどに眩しい。
「自然の神秘に触れなさい、ジュピター!」
その光に呼応して、地面から生えた巨大な大木がリフィールを封じ込める。
なんらかの抵抗をしているのだろうが、その内側の音は一切が聞こえない。
「行きますよムゲンくん!」
その隙をつくように、ぼくを連れて上空に飛び立った。
★
「おい、距離を取っていいのか?」
「いいですよ、どう足掻いても悪魔はムゲンくんを追ってきます。それにフルーツの魔法は超広範囲を攻撃しますから、大丈夫です」
ぼくらは上空を飛んでいる。どのぐらいの高度かはわからないが、少なくても地面は見えない。
「フルーツは何故攻撃をしないんだ、もう十分は経っただろう?」
「何か事情があるのでしょう、心配しなくてもあの子なら大丈夫。魔法を撃てるようになったらためらいません」
その事情が気になるのだが、つまりどのぐらい耐えればいいのか。
全くわからない。
「それよりも、今は情報の共有がしたいですね。聞いてください」
青白い顔色をしたルシルが、どうしてもぼくに伝えたいことがあると言う。
こんな緊急時に何を言いたいのだろうか。
「学院内の生徒たちはみんな避難させました、今ならどれだけ高威力の魔法を使っても問題はありません」
「生徒たちって、つまりはたくさんの死体だろう。でもどうやって?」
「私の力です。青き星、地球の加護ですね。一時的に星に預かってもらってます、ちなみにさっきの回復も地球の力ですよ」
星魔法ってのは本当に便利だ。
何百人とか何千人も預かってもらったり、死にかけの傷を治してくれたりする。
地球も馬鹿にできないな。
「二つ目は悪魔に奪われた魂のことです。魔法を使われたり、怪我を治したりすることに消費されてしまうので、私は本気で戦えません」
「おい」
それはなかなか不利ではないか、攻撃することで魂を傷つけないのだと安心していたのに。
違う理由で魂が危機に陥ったようだ。
「ですが。その消費方法は一つずつではなく、全体から少しずつみたいです。つまり、まだ一人も本当の犠牲者は出ていないと言うことです」
それは朗報だ、さっきからリフィールは色々と魔力を使っている。
それは奪った魂をエネルギーにしていると思っていたので、既に数百人ぐらいは救えないと思っていた。
でも全体で消費しているのなら、どれだけ弱っても消滅はまだ遠い。
「つまり、命の危機になるほどのダメージを与えなければ、人々は死にません。そして倒すときは回復する暇もないぐらい、圧倒的な消滅を与える必要があります」
魂を使われなければいい。
フルーツの力で、一撃で仕留めればいいのだ。
「フルーツの準備が整うまで、私たちは防戦一方で耐えるんです。私はある程度頑丈ですから、なんとでもなるでしょう」
「あの大木でリフィールを閉じ込めたのは、つまり攻撃したくなかったからか」
「はい。どんな攻撃も通さない代わりに、二分で消えてなくなります」
二分か、本当に。
あとどれぐらい待てば、フルーツは間に合うのか。
「では行きますよ。空中では戦いにくいので地上に降りて戦います」
空中は戦いにくいのか、なら時間稼ぎのためにこんなところに来るべきじゃなかった。
ルシルが高度を下げることで、地上の様子が見えてくる。
ああ、ここならば移動して正解だ。
明らかに何もない草原、ここは少し外れた危険区域に違いない。
つまり、ルシルが気兼ねなく戦えると言うことだ。
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