悪魔と人間

 


「さあ、今度こそ行くぞ!」


 言いたいことを言って満足したエキトと別れ、ぼくは今度こそと決意する。


 だが、そんなものは直ぐに折られた。


「まだ駄目です。ムゲンくんがエキトと語り合っている時に、私はフルーツと戦いの作戦を立てておきました。それを聞いてください」


 作戦なんて面倒なのだが、とりあえず聞いてみることにした。


「話を聞くに、その悪魔は私よりも強いのでしょう。ムゲンくんを庇っていては、勝てないと思います」


「頑張れ」


「無理です、故に発想を変えました。私と、悪魔に注目されているムゲンくんが囮になり、フルーツが止めを刺すのです」


 ぼくの応援の言葉を一言で切り捨てると、全てをフルーツに託せと言い出した。


 ルシルよりも強いと言われているのに、この人形に何が出来ると言うのか。


「……お兄ちゃんは忘れているようですが、フルーツは万物を創造できるんです。悪魔を滅ぼすことに特化した剣なんて、世界中にいくらでも存在しますからね」


 それを再現するらしい。


 まあ確かに、様々な神話や伝説でも悪魔は登場する。


 そして力で劣る人間が勝利するために、神や精霊から悪魔殺しの剣をもらうなんてのは、ありがちな話で。


 相変わらずフルーツは、人知を超える物を簡単に作れるようだ。


「どのくらいかかる?」


「悪魔と対峙してから、十分ほど」


「ぼくにも使える?」


「……無理です。あの悪魔を滅ぼすには消滅を前提にした、強力な剣を作る必要があります。作成してから数秒も保てないかもしれません」


 武器を作ってから誰かに渡す暇なんてないと言うことか、だがそれでは悪魔に攻撃を当てるだけの時間すらないのでは。


「その心配はいりません。一振りするだけで、周囲一帯の全ての魔を滅ぼすほどの武器を作りますので」


 全ての魔を滅ぼす武器。


 成程その言葉は素晴らしく、心強いものではある。


 だが、この学院には魔に属するものが、たくさんあると思うのだが。


 一緒に全てが滅ぼされそうだな。


「別にいいか。了解したよ、ぼくとルシルで十分を稼ぐんだな」


「一応言っておきますが、戦闘は私一人で対応します。ムゲンくんは言葉で戦うんですよ」


 ルシルが念を押すように、ぼくに口を挟む。


 何度もしつこいことだ。


「方針は理解した、じゃあ行くぞ」


「どうやって?」


「どうもこうも……」


 あれ? よく見るとこのイソギンチャクには穴なんてない。


 学院長が言うには、上の方にリフィールの奴がいるらしいが。


「はいはい、では行きますよ」


 呆れた様子の、ルシルの手が光る。


 今回は右手の薬指だ。


「お願いします、マーキュリー!」


 今日は晴れていて、いい天気だ。


 雲ひとつかからない晴天だと言っていい。


 ……なのに、目に見えて大粒の雨が降り始めた。


 ただの雨じゃない、その粒の大きさはバスケットボールほどもあった。


「これ、大丈夫か?」


 その雨粒は物質を溶かす効果があるらしく、紅き柱はみるみるうちに小さくなった。


 天から落ちる全てを溶かす散弾銃は、あっという間にイソギンチャクを、校舎と共にこの世から消滅させる。


 残ったのは、一人でぽつんと立っている悪魔だけだった。


「おい、これって魂は大丈夫なのか?」


「心配ありません、私の魔力には魂を汚染するほどの力はありませんから」



 ★



 茫然としているリフィールを前にして、ぼくは声をかけるのを忘れた。


 一も二もなく走り出し、出来る限り迅速にその間にある距離を詰める。


 茫然としているルシルたちには、それを止めるほどの余裕はなく。


 目の前にいる悪魔は、薄笑みを浮かべながら避けるそぶりすら見せなかった。


「リフィール!」


 その勢いのまま、右の拳で殴り飛ばす。


 本来なら身体能力の差でびくともしないはずだが、まるで常人のようにリフィールは吹き飛んだ。


「……なにやってんだ?」


 あまりにも都合のいい展開に、よくわからなくなってしまう。


 まさかとは思うが、エキトからもらったロザリオがなにか効果を?


 ぼくは神を信じていたのか?


「ようやく、人間のリフィールは消化されて、俺は俺になれた。煩わしい口調も消え失せたな」


 まずいな、口調が安定して自信にも満ちている。


 これは、ようやく一つになったのか。


「今の俺には、自分の本心がわかる。……これは謝罪の気持ちだよ、テメェの忠告を聞かなかったからな」


 負い目から、わざと殴られたのだと。


「悪かったな。人間の魂を食ったことも、殺したことも何も悪いとは思ってねえが、お前の忠告を無視したことだけはひっかかっていたんだよ」


 ぼくの大食いはやめておけと言う言葉は、思いのほか刺さっていたらしい。


 言葉が通じていなかったわけではないのか……。


「なんでこんなことしたんだよ、そんなにお腹が空いているのか? 長年封じられていたことで、よっぽど大変なのか?」


 今更戦いを止める気はないが、それならば同情の余地が生まれる。


 ルシルたちは許さないだろうが、ぼくは許したいと思える。


 まあ、それに意味はないが。


「何を言っている? いくつか理由があるが、俺は楽しいから魂を食っているんだ。悪魔なんだよ、当然だろうが」


 当然と言えば当然なのだろうが、それでも疑問は残る。


「なんで、お前はぼくを助けただろう? 宿っているのも人間だし、嫌っているわけでもないんだろう?」


 それならば、楽しみで人を殺すとはよくわからない。


 ぼくにはそんな意味のない行為をする理由が、想像もつかないのだ。


「ふふふ、ふははははあ!」


 ぼくの純粋な疑問に、目の前の悪魔は心から楽しそうに笑いだす。


「バカかお前は、この俺様が人間を嫌っていない? 大嫌いだよ、お前たちみたいな醜い存在は!」


 心からの言葉なのだろう、その言葉には感情と言う名の色が乗っている。


 それは純粋な黒をイメージする、怨嗟に塗れた音だ。


「無駄に増え、無駄に生き、無駄に祈る。果てには上位種である我ら悪魔よりも強くなりやがった! 俺たち悪魔も、天使も、竜も、しまいには神の奴らですら人間に怯えている、気に食わねえんだよテメエらは!」


 確かにいつ聞いても驚く、この世界ではなによりも人間こそが一番強いと言う事実に。


 どんな物語、どんな伝説でも人間とは弱い生き物だと言うのに。


 現実はその逆に出来ている。


「ならなんで、ぼくを助けた」


「最初は人間だと思わなかった、助けて初めて気づいたのさ。……だが、人間だと気づいてもお前は特別だった。醜さもなく、無駄もない。とても人間だと思えない在り方をして、それでも確かに人だった」


 そうだ、ぼくは人だ。


 誰に何を言われようとそれを否定できない、出来る要素がない。


 どうやって生きていようと、何を思って生きていても。


 ぼくの体は確かに、人間から出来たものだろう。


「お前だけが特別なだけだ、人間が好きなわけじゃないんだ」


 その言葉に、ある程度腑に落ちる。


 ぼくの印象では、こいつは友好的な存在だった。人と話し、共存も出来る理性的な存在。


 でもそれはぼくに対してだけ、ぼくだけが違ったのだ。


 それでも……。


「でもさあ、お前はこの世界に関わる気がないって言ってただろう? 宿主の中で静かに眠りたいって」


 それが何故、ここまで変わってしまったのか。


 それすらもぼくのせいだとでもいうのか。


「この体の持ち主、人間のリフィールの影響だよ。その醜い欲望に感化された。本当は飽きていたはずの世界で、もう一度遊びたいと思えるほどに」


 面白い話だ、悪魔よりも人間の方が程度の低いものに感じる。


 静かに眠りたかった、世界に興味がなくなった悪魔が。


 人間の欲望に感化され、もう一度悪魔として生きる気持ちになったのだと。


 ……その言葉を理解して、何かに影響されることをとても羨ましく思った。

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