価値のないロザリオ

 



「お前たちは今すぐにキリの所に行ってこい。魂の抜けてしまった肉体を守る方法を聞いてくるんだ」


 そんな方法を知っているという、確実な根拠はないのだが。


 他に人々を救えそうな道はない。


 何も知らない役立たずだったら、後でルシルをけしかければいい。


 いや、何も言わなくても勝手に襲い掛かりそうだ。


「ぼくはリフィールを潰す」


 言いたいことだけを口にして、直ぐにでも紅い柱に向かおうとするが呼び止められてしまう。


「待ってください! 先ほどもいいましたが、貴方には戦う力なんてありません。私も連れて行ってください」


 その言葉に、ぼくは嫌な顔をしてしまう。


 大体において、こいつらを連れて行っても、いいことはない。


「フルーツも行きます。きっと切り札になれるはずです」


 怯えを残した表情をしながら、気丈にもフルーツが立候補した。


「……いらない」


 確かに戦力としては期待できるだろうが、本当に余計なことばかりする奴らだ。


 人がせっかくやる気を出していると言うのに、見せ場の全てを奪い取られそうな予感がする。


「ムゲンくん、貴方には優秀な頭脳があるでしょう? 日頃は使っていないんですから、こんなときぐらい私たちへの指揮に使ってください」


 余計なお世話にも程がある。


 日頃は使わない理由は、使い道がないからだ。


 ぼんやりと生きる日々に、頭脳など使う余地はない。


「学院長が言っていたでしょう、貴方は私たちをこきつかえばいい。後ろで偉そうに命令をしてくださいね」


 なんだかルシルまで辛らつになってきた気もするが、色々あって本性を見せる気になったのだろうか?


 ……本当に色々と見せられたからな、欲望から恥まで。吹っ切れるのも無理はない。


 その上で自分に命令してほしいと、都合のいい要求までセットになっている。


「……でも」


「私情は捨てなさい、私たちが優先するのは人々を生き返らせることです。さもなくばムゲンくんの罪は洗い流せない」


 確かにな、それが最優先だ。


 自分がどうとか、結末の形だとかは後回しでいい。


 今はとりあえず、見過ごせない殺しを始めている、有害な悪魔を滅ぼすことが最優先だ。


「わかったよ、ルシルとフルーツは一緒に」


 諦めと共に、許諾の答えを出した。


 そして周りの奴らにも、追加で指示を出す。


「全員でシホからアドバイスを貰ったら、主席くんたちはクイーンの所に行け。一応は貴族だろう?」


「一応は余計だ! いいだろう、俺たちは外の世界の守りを固めてもらう」


 リフィールの攻撃対象がさらに広がってしまう可能性は、ないとは言い切れない。


「エキトはどうせ、自分の街が大切なんだろう?」


「まあね、俺は何よりも身内が大事なのさ」


 どこまでもブレないエキトには、これ以上言えることがない。


 だが一番近い位置にある街を救えるのなら、そこから新たにできることが増えるだろう。


 生き返ったやつらになんらかの協力をさせたり、なんなら悪魔に詳しいものがいるかも知れない。


「シホはどうする?」


「このわたしもエキトと同じだよ、身内が何よりも大事だ。愚弟もいるし教師だからな、この学院をどうにかする」


 この学院には戦える魔法使いが溢れているが、足手まといを増やして、いいことがあるのかは疑問だ。


「まあ好きにするといい、じゃあ行ってこい!」


 これで指示は終わり、やっとリフィールの所に行ける。



 ★



「……あの、ムゲンくん」


 またか、まだ邪魔をするのかこいつは。


 しかもなんだか、うじうじしている。こいつは本当に世界最高の魔法使いなのか?


「さっきは、すみませんでした」


 突然身に覚えのない謝罪をされて、少しだけ混乱する。


 思い当たることは、今日だけでも一つか二つはあるな。


「気にすることはないよ、お前たちの我儘には慣れっこだ」


「いえ。その言葉をムゲンくんだけには、言われたくないのですが! そうではなくて、気絶する前の話です。暴言を吐いてしまって……」


 そういえば何か言ってたな、細かいことは忘れたが。


「いいよ、慣れてる」


 本当に。そもそもあんな言葉は、小さいころからシホ達にだって言われたものだ。


 ぼくが適当に生きているだけで、異常だの狂っているだの言われた。


 でもなんだかんだで、今でも近い場所にいる。


「何も気にすることはない、そもそもぼくだってお前たちのことを気にしていない」


 その存在そのものを。


「お前はこんな時でも変わらないね」


 ぼくの言葉に困惑や怒りの表情を浮かべているルシルを差し置いて、既にキリの所へ出発していたはずのエキトが傍に寄ってきた。


「誰よりも危険を冒そうとする無限に一つだけ、聞きたいんだ」


「なんだ」


 改まった表情をしているエキトに、いつものように聞き返す。


「お前はなんで悪魔の所に行くの? 勝ち目はないんだ、二人に任せて安全なところに隠れればいい」


 なんなら今からでも俺と行こう。エキトはそんなくだらないことを言いに来たらしい。


「勝ち目がないとか、戦えないとか、お前たちは本当にくだらない」


 ああ、こんな時だけはあの義理の父親を褒めるしかないと思える。


 そのぐらいに、こいつらはわかっていない。


「ぼくはあの悪魔を滅ぼす、リフィールに勝って魂を奪い返す」


 それだけを考えていれば、結果なんて後からついてくる。


 不本意だが、最低限の勝ち筋は作った。


 勝率なんて、一パーセントも必要じゃない。


 本気で勝つと決めたなら、必敗だって覆せるのだから。


「……本当はお前を行かせたくないんだ。でもそんな意思を知ったら、止めることも出来ない」


 諦めたように、エキトは一つのロザリオをぼくに弾いた。


 受け取ると何の飾り気もないもので、その純白さだけが目立っている。


「『滅魔のロザリオ』悪魔に対する必殺の効果を持つ。ルーシーよりも強いみたいだけど、かなりのダメージを期待できると思う」


 いつも借りている、身体強化用の魔道具はくれなかった。


 地力が違いすぎるので、むしろ生身での戦いの方が有利だと。


 遅い敵より遅すぎる敵の方が、戦いにくいと言われた。


「だがすまない、このロザリオは使えないんだ」


「は?」


 何を言っているんだこいつは、だったら無駄な荷物を渡すんじゃない。


「発動条件が強い信仰心でね、神のいない世界では誰も発動させることすらできないんだ」


 それなら納得だ、生まれてこのかた何かを信仰したことなんてないからな。


「生半可な悪魔用の魔道具なんて、とても役に立たないだろう。それならば持っているだけでも少しだけ効果がある『滅魔のロザリオ』が一番マシだ」


 気休めには変わらないが。


 少しだけ魂が奪われにくくなったり、邪悪な存在への恐怖心などが減少するらしい。


「無限、負けるぐらいなら逃げるんだ」


「嫌だね、負けるぐらいなら死ぬ」


 常々思っているが、死ぬことは怖くない。むしろその先に何があるのか興味すらある。


 ぼくは負けず嫌いではないが、罪のない人々が理不尽に殺される世界で、日々を生きる気はない。


 リフィールが戦いに縁遠い人々を手にかけてしまった以上は、どちらかが滅びるまで戦いを止めたりはしない。


 簡単に言ってしまえば、一線を越えてしまった存在を許す気はないと言うことだった。

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