再会は戦場で
「無限、ちょっとこっちに来い」
突然のシホの言葉に、ぼくはびくりと震える。
もうバレたか。そんな動揺をしてしまうが、それはどうやら違うらしい。
何も思うところなどないふりをして、シホと一緒に少し離れた場所に移動する。
「あいつらをどうする?」
曖昧な言葉に、ぼくは首を傾げる。
「お前のクラスメイト達だ。この学院に来て初めての戦いがこれでは、自信がなくなるだろう?」
主席くんたちのことを言っているのだと理解したが、まだよくわからない。
「これ?」
「何の役にも立てず、我々の後ろについて来ただけだった。まともに戦ってすらいない」
うーん、確かにそうだが。
それをお前が言うな。
「大丈夫だよ。学院長室に集まる前の戦いで、教室を覆った水を蒸発させ、みんなを救っていた」
表向きは主席くんの炎だったが、あれは二人のサポートを合わせて成功したのだと聞かされた。
そんなことは全く知らなかったが、なかなかいいチームワークみたいだ。
「それに、何もしていないなんてことはない。ジャッジとの戦いでは、頭数こそ大切だって言ってたろ?」
本人たちがどう思っているかは知らないが、あの三人は十分に役になっていた。
それが事実であり、まともに戦わないことで自信を無くすというのなら。
客観的に見て傲慢(ごうまん)なだけだし、自己評価を間違えているだけに過ぎない。
そんなことにも気づけないのなら、それは才能がないと言うことだろう。
「そんな心配はいらない。それにしても、随分とらしくないじゃないか」
「……ふん、お前のクラスメイトだからな。気ぐらい使うさ」
本来のシホは、こんなことを言う人間じゃない。
姉のような存在として、単純に心配をしているのだろう。
こいつらの家はもう出たのだから、そんな風に思う必要はないのだが。
「そんなことより、お前だよ。いや、お前たちだよ!」
「なんだ突然」
「なんだじゃない。ぼくらは学生なんだから役に立たなくても文句を言われる筋合いはないが、お前たち教師がなんでこんなにも役に立たないんだ?」
ジャッジ共に攻撃されてから、ぼく一人で戦っている。
他の奴らがいったい、何をしたと言うのだろう?
どいつもこいつも敵の魔法に負けて、楽しく遊んでいるか直ぐに諦めていただけじゃないか。
「いくら人数合わせだと言っても限度があるだろう、少しは役に立て。なんで魔法を使えない、ぼく一人で戦ってんだよ」
シホは一瞬だけ、痛いところを突かれたように呻くが。
その負けん気の強さで言い返してきた。
「黙れ、戦いには相性と言うものがあることぐらいわかるだろう。どうしても勝てない相手は存在するんだ」
「戦う以前の問題だろうが、そもそも一度ぐらい魔法を使ったのか!」
こうしてぼくらはケンカを始めた。
★
大声を上げ、頬を掴みあって争うぼくらを見かね、離れていたフルーツたちが、ぼくとシホを取り押さえた。
「突然どうしたんですか、ケンカはやめてください!」
フルーツが背中から、羽交い絞めにしてくる。
こいつめ。成長して体格が良くなったせいで、かなりの力をつけた。
どれだけ力を入れても抜け出せないのは、流石は魔法使いと言うべきか。
と言うかだな……。
「痛い痛い、離してくれ」
こいつはぼくが、魔法を使えない一般人だと忘れているのか。
それとも、日頃の恨みだとばかりに攻撃しているのか。
ぼくの言葉が聞こえないかのように、締め付けてくる。
「わざとか、わざとだろう!」
「そんなわけないじゃないですか。つい力が入ってしまっただけですよ」
この人形はどれだけ人間に近づくのだろうか?
ぼくがなんとか振りほどくと、満面の笑顔と弾むような声で、わざとじゃないと主張する。
なんだこいつは、泣かされたいのか。
ルシルが気絶していてよかったが、すぐそばで笑っている学院長が、一番許せない。
「いい加減にしてくれ。何が原因でケンカをしていたのかはわからないが、まだ戦いは終わってないんだよ」
エキトの仲裁で、ぼくらは大人しくなる。
「もう終わっただろう?」
「まだだな。アキヤと、もう一人のジャッジを捕まえなければならない。姿が見えないが、この近くにいるだろう。直ぐに探すんだ」
冷静になったシホが、これからの行動指針を示す。
迷惑なことに、やはり気づいていた。
「周りに敵の気配はないが、おそらくはこの中庭にいるだろう。このわたしはアキヤの確保に行くから、お前たちは探してくれ」
シホは簡単に言うが、この中庭はかなり広い。
「では行きましょうか、お兄ちゃん」
「うーん」
それでもいいと、言いたいところだが。
「お前はルシルを看てやってくれ。一人にしてはまずいだろう」
そう口にすると、フルーツが意外そうな顔をする。
「意外ですね、あんなことを言われたのに。随分と優しいんですね」
別に優しいと言うわけじゃない。
「病人や怪我人に厳しくは出来ないだろう。それにルシルに対して、思うところなんてないよ」
それこそ、初めて会ったときからずっと。
「あんな言葉はね、もうずっと前から自問自答してきたことだ。受け入れていること、わかり切っていることで傷つくほど暇じゃない」
他者との違い、人間と言うものの存在。
自分がどれだけズレているかなんて、一番初めから知っていた。
それを治したいとも思っているが、どうしても上手くいかないだけ。
ぼくにわかることは、永遠に分かり合えることはないことだけだから。
★
話を強引に終わらせ、ぼくは中庭を散策する。
ああ、気づいていたことだ。
それが、直ぐに見つかることぐらい。
「……」
見えているのは後ろ姿だけ。
人の形ではあるものの、背中には黒い二枚の羽根がついている。
それだけでも面白いのに、それは何かを手で持ち上げている。
語るまでもなく、人間のようだ。怪我をしている様子もないのに、指先一つ動きそうにはなかった。
どこかで見た姿に似ている、例えば学院の中とかで。
「やはり直接食べる方が、美味だと感じられますね。だが、まだまだ足りねえな」
ちぐはぐな口調と、聞いたことがある声。
ぼくを助けたその生物は、自らを悪魔だと自称していた。
「よう、また会ったな。少年」
親しげに話しかけてくる、その異形は。
まるで物語に出てくる、人間の魂を食べる悪魔のように感じた。
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