次の場所へ

 


「は! つい、凍結していました」


 とっくに目が覚めていたのに、突然いま目覚めたかのようにフルーツが叫んだ。


「お兄ちゃん、フルーツの夢を見ていたのですか?」


「ばっちり」


「そ、そうですか。少し気恥しいのですが、それなら改めて言います。これからもフルーツを見捨てず、ずっと傍においてくださいね?」


「……それはともかく、お前たちは?」


 ぼくは無理やり話を変えると、三人のクラスメイトに話を振る。


 いつまでもぎゃあぎゃあと言っているフルーツを、エキトに押し付けると会話を続けた。


「まあ、大丈夫だよ」


「ええ。私の欲望には恥じることなど、ありませんので」


 ギースとグリムは普通だ。まあ、ぼくから見てもグリムが恥じることなどないだろう。


 たくさん物を食べたいと言うのは、当たり前で。


 例え行き過ぎてしまうとしても、理解してくれる人は多いだろう。


 そんな中、一人だけ……。


「……問題など、ない」


 大きな問題がありそうな男がいた。


 主席くんの見ていた欲望は、深いものだった。


 過去に何があったのかは知らないが、ルシルへの恨みはとても大きかったから。


 でもまあ、ぼくが触れる事じゃない。何があるかは知らないが、二人で解決してくれ。


「さっさと起きろ、もう行くぞ」


 ぼくはいつまでも座り込んでいるルシルに、冷たく声をかける。


「お前がなにをどう思っているかは知らないが、ぼくは気にしていないよ」


 というか、気にしていたら未来に絶望して死を選びかねない。


 ここは割り切って、とっとと縁を切る方向に進もう。


 正直に言って、あれはない。


「全員に言っておくが、自分の欲望にぼくを巻き込むのは本当に止めろ」


 それ以外なら、好きにしていい。


 だから、ぼくだけは巻き込むな。ぼくの未来はぼくが決める。


「えっと、あの……」


 ルシルはようやく立ち上がり、泣いて赤くなった目をこちらに向けた。


「私の夢を、どう思いました?」


 こいつは、本当に。


 ぼくのことをほんの僅かにも、理解していないのがよくわかる。


 そしてさっきからのぼくの態度で、何かを察することは出来ないのだろうか。


「何も言うことはないよ」


 あれを一度だけの夢で終わらせてくれるのなら、それでいい。


 でも少しでも現実に影響を出そうとしたら、即座に逃げる。


 そう心に誓った。


「……そ、それなら頑張りますね!」


 そこで、我慢の限界だった。


 こいつは、本当になにもわかっていない!


「いい加減にしろ! だいたい世界最高の魔法使いのくせに、視線にも気づかないぐらいに熱中するな! お前よりエキトのほうが、よっぽど優秀じゃないか!」


 あの悪夢だけは、絶対に再現させるわけにはいかないのだ。



 ★



 ルシルに身の程を教えてやると、話は終わる。


「うう。私はエキトのように冷たい人間じゃないから、素晴らしい欲望に夢中になっただけなのに……」


 まだ言っている。


 本当に止めてほしい、この中でいちばん欲深い夢を見ていたのに懲りていないらしい。


「そもそも、ムゲンくんはどんな夢を見たんですか? まさか最初から何も起こらなかった、なんて言うんじゃないですよね?」


 ルシルが自分の恥に、ぼくを巻き込もうと尋ねてくる。


 だが残念だ、その期待には応えられない。


「白い部屋だったよ、なにもない白い部屋」


「へ?」


「本当に何もないところだった。まあ口にさえ出せば好きなものが現れたから、不便はなさそうだったけど」


 でも本当に、それだけの場所だった。


 そこには幸せがなく、そこには不幸がない。


 ただそこに在るだけの場所だ。


 ……まあ、人間なんてものはそれだけで十分だと言う意味かもしれないが。


「なんですか、それは! 嘘じゃないですよね? ムゲンくんも、本当のことを言ってくださいよ」


「本当だよ、疑うのか?」


「うーん、ムゲンくんらしいと言えばらしいような? でもそれでは人間味がないですよね」


 そんなことを言われても困る、見たくて見たものじゃないのだ。


 まあ、それならどんなものが見たかったのかと尋ねられても、答えることは出来ないのだが。


 もういいや、放っておこう。面倒になってきた。


「先に進もう、どうすればいい?」


「それはもちろん、あの眩しい光に飛び込むしかないんじゃないかな?」


 ぼくの質問にエキトが答える。


 目覚めてからずっと、少し離れた位置に白い光が漂っている。


 黒い光からアキヤのルールに飛び込んだ以上、次の戦いに向かうには妥当な判断だと思った。


「アキヤはどうする?」


「放っておけばいい、目覚めても四十八時間は動けないのだろう? それだけあれば、このクーデターは終わっている」


 シホの冷静な判断に、誰も逆らう気はない。


 なんらかの理由で逃げられたり死んだりしても、なにも問題はないという魂胆が透けて見えるが。


 むしろ、その方が楽だと。


「じゃあ行こうか。フルーツ、それを引っ張ってきてくれ」


 ぼくはいつまでも文句を言っているルシルをフルーツに頼み、一番最初に白い光に飛び込んだ。


「ちょっと、だからもう少し躊躇ってください!」


 だから、そんなことしても時間の無駄なんだって。

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