ぼくは、ずっと見ていた

 


 全員が起き出すと、状況を説明しろと騒がしい。


「知らないよ、さっさと行くぞ」


「待ってください。一人だけ意識のあったムゲンくんが、知らないことはないでしょう? 何かしたんじゃないですか?」


 面倒なので、何も知らないふりをしようとしたのに、ルシルがやかましい。


 やはり、見捨てるべきだったか。


「お前たちに、優しい夢を提供してくれたアキヤくんは、そこで気絶しているよ。感謝しておくといい」


 ぼくは、地獄の苦しみを後に控えながらも、恐怖を浮かべながら気絶しているアキヤを指さす。


「こいつがジャッジだったのか?」


 軽く頭を振りながら、シホがアキヤに視線を向ける。


「ああ、欲望に打ち勝てってな。ぼくたちに試練を与えてたんだよ」


 そして、あと一歩でこいつらを、全滅に追い込めた。


 ルールとは恐ろしい、世界中にあるわけだ。


 魔法じゃなくても、使い方によって、全てをどうにでもできる。


「へえ、それなら無限くんが倒したんだ。やはり私の予測通り、無限くんこそが彼らの天敵だったんだねえ」


 そんな風に、学院長が感心した声を出す。


 ちょっと待て、聞き逃せないことを言ったぞ。


「嘘を吐くな。貴方がどう思っていたのかは知らないが、その助言をしたのはヴィーだろう」


 シホの強烈な、ネタバレ。


 またあいつが暗躍していたのか。


「今回の敵にジャッジがいることも、学院長が勝てないことも、無限が切り札になることも、全部あの女が教えたんだ」


「そもそも、アイツはどこにいるんだ?」


 そういえばずっと姿を見せない、唯一見たのがルシルのあれの時だけだ。


「わからない、あの女の動向だけは読めない。全てが見える、特別な人間だからな」


「敵か、味方か?」


 どっちだ、情報をくれた以上は味方かと思うが。


 それでも、ヴィーの場合は軽率な判断をしない方がいいだろう。


「味方だよ、あの子が無限くんの敵に回るわけがないさ。それに伝言を預かっている『わたしは十人目じゃないよ』だって」


 なるほど、確かにその線を疑ってはいたが……。


 どうやらアイツには、全てが見えているらしい。


 相変わらずだが、つまり意図的にどこかに姿を消していると言うわけだ。


 それともこんなクーデターは、危険でも何でもない取るに足らないものだと思って、どこかに遊びに行っているか。


「まあ、いない奴はどうでもいい。余計なことを言ってくれたことは、後で文句を言うとして……」


「待ってください!」


 とっとと行こうと、そう主張しようとしたとき。


 ルシルから大きな声で、止められた。


 その眼は本気で、ぼくの全ての虚偽を見透かそうと言うほどに、剣呑なものだった。


「どうした?」


「ムゲンくん。さっき、私たちが優しい夢を見せられていたと言いましたよね?」


「ああ」


 ずっと腕を組んで悩んでいたかと思えば、そんなことが気になっていたのだろうか?


「つまり、私たちがどんな夢を見ていたか知っていると? ……まさかとは思いますが、ずっと見ていたとか?」


 なんだ、そんなことか。


「アキヤは、お前たちの抱えていた欲望を見せていた。つまりお前たちは自分たちの望む欲望を、夢として見ていた」


「それで?」


「恥じることなど、なにもない。一分足らずで試練を突破したぼくは、ずっとお前たちの狂った欲望を見ていたよ」


 隠すことなど何もない、お前たちが早く終わらせないのが悪いのだ。


 そもそも、ぼくが手を出さなければ皆殺しだったくせに、文句を言うな。


 そんなことを、丁寧に説明してみる。


「いやあああああああ!」


 すると、ルシルが顔に手を当てて叫び出した。


 あまりにもうるさく、迷惑なので、ぼくは距離を取ろうとする。


「待ちなさい! 本当に、本当に私の夢を?」


「お前の恥なら毎日見ているし、さっきは見たくないものも、ちゃんと見たよ」


「いやあああああああ! 本当にいやあああああああ!」


 ルシルは満足するまで叫ぶと、今度は膝を抱えて座り込んでしまう。


 他の奴らも、ぼくの言葉を聞いていたようだが、割と冷静だ。


 その中の一人、エキトは目覚めてからずっと考え込んでいたようだが、ようやく口を開いた。


「なるほど、あの視線は無限だったのか」


 一人で何かに、納得しているようだ。


「俺も夢を見ていた、楽しそうな欲望だったよ。でもそれは俺にとって、いくつかある望みの一つと言う形だったから、そこまで熱中することもなくてね」


 冷静になる余地は、あったということか。


「体は自由に動かなかったが、意識はずっとあったんだ。周りを警戒してみると、明らかに異質な視線が二つ。おそらくはアキヤと、無限だったのかな?」


「そうだろうな」


 疑う余地はない、なにせ二人で見ていたのだから。


「なるほどねえ、私も感じていたなあ。いやあ、ずっと心残りだったものを、見せてもらったんだけどね? ずうっと昔に割り切ったことだから、そこまで夢中にはなれなかったな」


 むしろ、冷めていた部分もあったのだと。


 学院長も冷静だったとは驚きだ。


 それでも最後には欲望に飲まれていたので、エキトも学院長も、あの結論は一つの幸せだったのだろう。


「昔は狂ったように、求めていたんだけどねえ」


 価値観が変わったのだと、嘆くようにそう言った。


 そんな中、シホだけが複雑そうな顔をしている。


 ルシルほどではないが、恥を見られたと言う顔だ。


 まあ、仕方がないと思う。


 シホの見ていた欲望は、過去に捨てた未練で……。


 はっきりと、叶うことがないという現実を知った上で、失くしたもので。


 もう一度、もう一度だけと。


 本当に捨てることが出来ないものだと、ぼくに知られてしまったのだから。

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