十の生き残り

 


 ぼくらが学院長室に入ってから、中にいた二人はずっと笑いっぱなしだった。


 だが、ようやく飽きたのかシホが真面目な顔をして、ぼくたちを止める。


「その辺りにしておけ、今は戦争中だぞ」


「そうだ、止めてくれ」


 さっきからずっと、ルシルにほっぺたを引っ張られていて、とても痛いのだ。


「……仕方ないですね。もうこんなことはしないように」


「それは保証できない、気分次第だ」


 ぼくが正直に答えると、最後に思いっきりほっぺたを引っ張られる。


 それで気が済んだのか、ルシルは大人しくぼくの隣で満足そうな顔をしていた。


「始めるぞ。まずは状況確認だ」


「待ってくれ、貴方たちは今の状況を正確に把握しているのか?」


 せっかく話が始まるかと思うと、さっそく主席くんが邪魔をする。


「無限から聞いていないのか?」


「自分は知らないと」


 シホはぼくの方を呆れ顔で見ながら、説明を始めた。


 一通りの説明を終えると、今度こそ話が始まる。



 ★



 その前に、三人のクラスメイトは見回りだとかでどこかに行った。


 なんだか頭が混乱したとか言ってた。


「ついにクーデターが始まった。このわたしたちが得た情報によると、まずジャッジの奴らが学院長を排除し、その後に全勢力を投入するらしい」


「敵の狙いはこの学院の、無法地帯な状況をなんとかすることだろう? 学院長が死んだら終わりじゃないのか?」


 場を仕切りだしたシホに対する、ぼくの素朴な疑問。それならこの男を前線に出せば話は終わると思うのだが。


「残念ながら、敵の目的は理事長派の全滅だよ。このわたしや、あるいはお前も狙われているかもしれない」


 うーん、そういえばこの男はぼくの義理の親だったような?


「無限くんは冷たいなあ、私を見捨てる気なのかい?」


「当然だろう」


「うるさい黙れ、このわたしの話を聞け。とにかく、お前たちはさっきの声を聞いたか?」


 ぼくと学院長が不毛な会話を始めようとすると、苛立ちながらシホが話を切った。


 さっきの声とは、学院を水に満たした奴の声だろう?


「十人が生き残ったのが勝利条件だったはずだ。今ここに何人いる?」


「数えるのも面倒だ」


 ぼくは早々に遠慮する。


「フルーツが数えましょう。おにいちゃんにおねえちゃんとフルーツ。シナモンとグリムとギース。そして学院長にシホですね。八人です」


「二人足りませんね」


「おまけしてくれたんじゃないかな? 得をしたね」


 学院長が舐めたことを言っているが、それは楽観が過ぎるだろう。


 後二人、おそらくは味方がどこかにいるんだろうさ。


「探しますか?」


「必要ない、このわたしがちゃんと知っている。一人目は趣味が悪いことに、この部屋の様子を窺っているよ。とっと入ってこい」


 シホが威圧すると、ドアがなくなった入り口から見知った商人の息子が入ってきた。


「エキトじゃないか、なにやってんの?」


 ぼくの純粋な疑問。部外者のくせになんでこんなところにいるんだよ。


「いやあ、購買に商品を卸していたら捕まっちゃってね」


 この学院にも購買があったんだ、いや確か存在を知ってはいたがルシルに禁止されていたな。


 あの購買という存在は、色々な意味でとことんまでルシルの逆鱗に触れる物らしい。


「こいつは学院長が呼んだんだ、何やら依頼したいことがあるとかでな」


「正確にはちょっと違う、この学院が危ないってわかっているのに帰る気配がないみたいだからね。だったら私の役に立ってもらおうと思ったのさ」


「ふーん」


「それは解せませんね、危に聡いあなたが何故すぐに逃げ出さなかったのです?」


 当然と言えば当然の疑問。エキトは勘がいいし頭脳も優秀だ、不必要な危険に身を浸す理由などないだろう。


「そりゃ、無限がいたからさ」


「は?」


「前に言ったことがあっただろう、俺は何があっても身内を見捨てないよ。お前がいるんだったら俺も逃げたりなんてしない、死ぬときは一緒だ」


 勝手に死ぬことにしないでほしいのだが、それと勝手に身内にしないでほしいのだが。


 でも確かに、ぼくのことを身内だと思っているとは聞いたことがあった気がする。


「まったく、厄介な身内が出来てしまいましたね」


 と、なにやら嬉しそうなルシルだが……。


「お前はもちろん違うよ。俺の身内は無限と父上、あとは数人だけかな」


「なんでですか、ムゲンくんが身内なら私たちだって身内でしょう!」


 激昂するルシルを見ずに、エキトはぼくを見る。


 その視線は、ぼくがルシルを身内だと思っているかと尋ねたいようだ。


 ぼくはなんの反応もせず、ただ目を閉じた。


「うん、まあ現実は残酷だってことで」


「どういう意味ですか!」


 ケンカを始めた二人を置いておいて、ぼくは学院長に尋ねる。


「それで、最後の一人は?」


「ああ、彼は数に入れなくていい。私ですら探れないし、多分敵も除外しているだろう」


 何を言っているかわからない。この男は本当に教育者の端くれなのだろうか?


「少々大物過ぎてね、イレギュラーが混ざりこんだと思うといい。まったく無限くんも面白いものと知り合ったね。いつか遊んでほしいものだよ」


 なんか、凄いことを言ってないか?


 確かに味方側なのだろうけど、まるで最後の一人は学院長より強い奴みたいに聞こえる。


 そして、ぼくはそいつと会ったことがあると?


「うーん」


 ぼくはエキトとルシルの、本格的なケンカの音を聞きながら、楽しい心を躍らせた。


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