戦いではなく、狩りが始まりそうだ

 


「それでエキトくんにお願いしたいのはこれだよ」


 学院長は懐から何かを取り出し、エキトに放り投げた。


 それは指輪ケースのようなもので、手のひら程度の大きさみたいだ。


「これは?」


「とある有名な赤い竜の心臓でね。いざとなったらそれを持って無限くんと逃げてほしい」


 有名な赤い竜の心臓、そんなものをどうしろというのか?


「国宝だね、いいの?」


「ああ、これが壊れちゃうとこの国が亡んじゃうからね。対である白い竜の心臓は、クイーンが持っているんだ」


「……驚いたな、なんであんたがそんなものを持っているんだい?」


「自分の戦利品を持っていることが、そんなに不思議かい?」


 よくわからないが、エキトはよほどその心臓とやらが凄いものだと思っているらしい。


 とても驚いた顔をしているが、ぼくからすれば学院長が何を倒して何を手に入れてようと、大して不思議には感じないのだが。


「そんなに驚くものなのか?」


「まあ、ね。一応は赤い竜も白い竜もウェールズで知らないものはいないんじゃないかと、思えるほどには有名な竜だよ」


 エキトはぼくの質問に、慎重に答える。


 でも所詮はトカゲだろう?


「懐かしい話だなあ。昔は一応国を守る竜として頑張っていたんだけど、人間への憎しみから徐々におかしくなっていってね。あんまりにも大きな被害が出ちゃったから私に討伐要請が来たんだよ」


 学院長は過去を懐かしむように、遠い眼をしている。


 そのまま帰ってこなければいいのに。


「でも、世界でも最強クラスのドラゴンだって触れ込みだったのに、あんまり強くなくてねえ。弱くてがっかりしたなあ。その心臓だって二つ合わせても、イギリスぐらいしか守れないし」


 十分だと思うが。


「昔はよかったなあ、強い敵には困らなかったし。魔法使いだって強い奴ばっかりだったよ」


「悪いが、年寄りの昔話に付き合う暇はないんだ。緊急時には無限とこれを守って逃げる。それで?」


「うん、それでお願いするよ。報酬はどうする?」


「いらない。無限を守るのは依頼とは関係ないし、この心臓はおまけにすぎない。まああんたたちが全滅したら高く売らせてもらうよ」


 それがいくらで売れるのかが、とても気になるのだが。


 城ぐらい買える値段になるのだろうか?


「それは駄目ですよ、今ではイギリスの国宝だということを忘れないでくださいね」


「構わないさ」


「学院長!」


「大丈夫だよ、こんなものはどこでどういう風に売ったって必ず政府に辿り着くから。エキトくんよろしくね」


 学院長は確信をもってそう言った。それにエキトは黙ってうなずく。


「金銭で手に入る場所ならば、どれだけ金を積んでも買われるし。金銭が通用しない場所ならば力ずくで手に入れる。情報なんて簡単に届いてしまうしね」


「でも政府の魔法使いでは勝てないほどの、強い魔法使いに売られてしまうかもしれないじゃないですか、魔法使いなら誰でも欲しがるものでしょう?」


「その心配もいらない。最近の世界情勢では悪よりも善の方が強いからね。この程度のものを欲しがるレベルの魔法使いならば、政府に所属する最強の魔法使いでもどうにかなるよ。なにせ私が戦ってみたいほどの猛者がいるからね」


 その言葉には凄い説得力があるのだが。


「この世界はちょっと狂っていてね、不思議と悪よりも善の方が強い傾向があるんだ」


「なにもおかしいことはないでしょう? 善が強いことが正しい世界の在り方ですよ」


「うん、まあ君の理想論はどうでもいいんだけど。実際問題として、悪よりも善が強いなんて有り得ないんだよね。それは現実問題としてだ。それが絶対のはずなのに、この世界は本当に昔から善が強い」


 確かにこの男の語ることは真実だ。


 なにせ善は悪を殺せないが、悪は善を殺せる。


 絶対に出来ないことはないが、非難されるだろう。


 苦しみながらも悪を許さなければならない善より、罪を為した自らを許せという悪の方が、強いのは当たり前だ。


「まあ本当に強いのは善でも悪でもない存在だし、圧倒的な力を持つものが一人でも生まれてしまえば、善と悪のバランスなんて、簡単にひっくり返るんだけどね」


 それを言ったらおしまいだった。


「それでも基本的には善が強い。と、まあそんなことは置いておいてそろそろ遊びに行こうか?」


 この戦いを遊びと呼ぶ男を、本当になんとかしてほしい。


「不謹慎ですよ。もっと真面目に」


「この程度の相手に真面目になるなんて無理だよ。どれだけ私に対して相性が良かろうと、罠を張るような戦い方は二流でしかないからね」


 自ら戦いに出向かないものは、二流に過ぎない。


 学院長はそう視線で語っている。


「ならばこのわたしが話を戻す、ジャッジ共の戦い方はとにかく全員参加型だ。奴らが魔法を発動させればこの学院にいるこのわたしたち十人、いや九人はどこにいても強制参加になるだろう」


 だったらあの見回りに行った三人とも、厳密には別行動にはなっていないと言うことだろう。


 シホのまとめによって、これからの戦い方はよくわかった。


「それで、今からはどう動けばいい?」


「一々待つのは面倒だ。こっちから敵を探して魔法を発動させる。そして奴らのルールにのっとり倒すのが我々王者の取る戦法だ」


 いつから王者になったのかは知らないが、下手に出る気が一切ないことだけはわかった。


「三人ずつに分かれよう。無限はエキトとフルーツを連れて学院を捜索してくれ」


「ちょっと、シホさん。私が学院長とですか?」


「嫌なのか?」


「え、それはちょっと……。ただ私もムゲンくんやフルーツと行きた……」


「解散だ!」


 ぼくたちはルシルの言葉を無視して、学院の中でジャッジ狩りを開始した。


 ちなみにだが。学院長室を出る時にフルーツがルシルに対して、勝ち誇った顔をしていたのがとても気になった。

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