全能なる……
――夢を見た。
――その中でぼくは全能そのものだった。
――それでも、ちゃんと人の形があって、そしてどこかに仰向けで寝転がっているようだった。
――それがどこかは、よくわからない。でも、ぼくの体のどこかに小さな穴が開いている。
――その穴から、ぼくの全能感が少しずつ抜け出ていくのだ。
――少しずつ、少しずつ抜けて行って……。
――その全能感は、ぼくの外の世界を染めてしまうらしい。
――黒が白に、白が黒になるよう。
――いや、そんな生易しいものじゃない。
――この世に存在しないものが、この世に存在するものを食べ尽くすようなもの。
――そしてまた、少しずつ、少しずつ体に戻ってきた。
――まるで帰巣本能でもあるのかと、よほどぼくの体が気に入っているのかと思ってしまうように。
――だが、一度染めてしまったものは元には戻らないみたいだ。
――いつのまにか、全ての全能感はぼくの中に帰ってきた。
――とくに意味なんてない、そんな夢を見た。
★
ふと、眼を開けた。
どうやら、ぼくは倒れていたらしい。
不思議なことに、その理由が思い出せない。何故ぼくはこんなところにいたのだろう。
「思い出した」
たしか、ぼくは逃げていたんだ。
でも、なにから?
疑問が尽きず、ぼくは立ち上がり周りを観察する。
「は?」
確か、この辺りは紫色の森の中だったはずだが、おかしなことに全ての木々から葉がなくなり、枯れ木と化していた。
そして、ぼくの周りも又おかしい。
膝まで程の砂、あるいは塩のような塊や、二メートル程度の水たまり。
人の姿をした石像に、数センチほどの何らかの金属。
そんなものが周りにあった。
「何かから逃げていて、気絶して気づいたら周りがこんなおかしなことになっている?」
……つまり?
「誰かが、助けてくれたのか?」
そういう結論になるしかない、
少なくても、ぼくが起こしたわけじゃないだろう。だって魔法は使えないし。
でも、周りには誰もいない。
「ぼくを助けて、ほったらかしにしてどこかに行ったと」
ふむ、まあ文句をいう筋合いじゃないな。
誰が何をしたのか、気にならないわけじゃないが少なくても命は拾った。
「それでいいか」
ただ、一つ気になるのは上着の胸に空いている穴だ。
結構な大きさだが、これはつまりぼくが攻撃されて、治療もしてもらったと言うことか。
「成程、結構危なかったのか」
運が良かったな、そう割り切って歩き出そうとするが、上手く歩けなくてよろめいてしまう。
そして、不思議なことに目を開けることも出来なくなり、ああこれは倒れるなと思った。
「え?」
痛いのは嫌だと思っていたが、倒れる途中で何かに支えられた。
気にはなっても、眠気には逆らえない。
ぼくは、また意識を飛ばしてしまった。
★
パチパチという音に目が覚める。
どうやら夜になってしまったようで、辺りは暗い。
ぼくは横になっているようだが、下には毛布が敷かれていた。
考えてみると、ぼくは誰かに助けられたらしい。
音の出所を探ってみると、一人の男がと焚火のようなものが目に映る。
「おや、目が覚めたかい?」
その男は年齢が四十代ぐらいで、冒険者みたいな恰好をしていた。
「あんたは?」
「俺はリフィール、何か飲むか?」
どうやら、体が動く程度には回復したようで、ぼくは焚火に近づくとミルクを受け取った。
話を聞くと、外見通り冒険者だったようで、何らかの依頼を受けて狩りをしていたらしい。
もう少し細かく説明をしていたが、興味がないので聞き流しておいた。
「で? あの場で何があったんだ?」
「……わからない」
そう、わからないということも含めて、とりあえず覚えている限りのことを話してみた。
まあ、あそこにいた理由は隠しておいた。
とりあえず、適当な場所から迷い込んで異種族から逃げていたと言ってみる。そして、力尽きて気絶したのだと。
「成程な、それで魔力がないんだね。あの迷宮回廊は様々な場所に繋がっていて、時々山の下の普通の世界から迷い込んだりするんだよ」
おお、適当に言っただけだが上手く話が繋がったようだ。
自分でも不自然だと思ってはいたのに、勝手に筋が通ってくれた。
「一応聞いておくけど、あんたが助けてくれたんじゃないよね?」
「ああ、俺は近くで依頼をこなしていたんだが、突然感じたこともないような魔力を感じて駆け付けたんだ。だが暫くの間、何故か近づけなくてね」
近づけるようになったら、その場所にぼくがいたのだと。
「まあわからないのなら仕方がない。動けるようになったら送ってあげるから、今は体を治しなさい」
とりあえず、その言葉に甘えることにして眠ってしまおうと思ったのだが……。
ラフィールにおやすみと、声を掛けようとして気づく。
焚火に照らされたその姿、その後ろにある影がおかしなことになっていることに。
「なに、あんたは悪魔なの?」
なんとなく、言ってみたその言葉。
ラフィールは驚くと、その口を三日月のように釣り上げた。
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