日々の終わり
フルーツの犠牲により、追手との距離は多少開いたがそれは些細なレベルだ。
問題は今でも正確に、追われていると言うこと。
少々の余裕を利用して、ランダム行動をとることにより、ぼくの現在位置を分からないようにしようと考えてみたのだが、どうやら無理そうだ。
例えぼくの魔力がわからないとしても、トカゲやこうもりなどがいたからな。
聴覚や熱反応などによって、ぼくの位置など手に取るようにわかるのだろう。
スピードで負けている以上、逃げることは出来ないし、そもそもどこに逃げればいいかわからない。
なにせ、ぼくたちは大穴から落ちてきたのだから。
「どこか抜けているよな、フルーツは」
質問しておかなかった自分を棚に上げ、フルーツに何の意味もない文句を言ってみる。
まあ、状況を整理すれば結論は一つになる。
――すなわち、生き残りたいのなら、追跡者を滅ぼせ。
「よし、やるか」
ずっと楽しみにしていた、異種族を滅ぼす剣、人の剣。
フルーツは無責任にもぼくになら使えると言っていたが、ことこの場においては信じるしかない。
「なまくらじゃないことを祈るか……」
もちろん、それが有り得ないことは明白だ。
こうやって懐から取り出しただけでも、その異様さはよくわかるのだから。
ぼくは剣に巻かれている大げさな布を、一枚ずつ剥がしていく。
だが……。
「これ、難しいんだけど」
冗談ではない、追手がもう目と鼻の先にまで来ているのに、なかなか中身が現れない。
「お、間に合った」
全ての布が取れた時、ぼくの周りには七匹の異種族が取り囲んでいた。
なぜ問答無用で攻撃を仕掛けないのかとも思ったが、どうやら人の剣を警戒しているようだ。
「ああ、君たちぼくを見逃してくれないか?」
とりあえず、会話だ。言葉さえ通じるのなら、どうにでもなる。
だが、返ってきたのはブーンという音やギャーと言う鳴き声。
小人とは話が通じると思ったのに、どうやら言語が違う。
「会話は、無理だな」
暴力で片を付けることを決めて、鞘から剣を抜く。
――キャアアアア、という叫び声が聞こえる。
――キィィィィィ、という涙を流す音が聞こえた。
そのどちらも、人の剣が発した音らしい。
叫び声を無視して、剣を抜くと。
血のような赤い涙が剣から滴り落ちる。
始めは白銀の剣だったはずなのに、気づいたら血で染まった赤い刀身。
――それをぼくは、美しいと感じた。
「うるさいな」
人の剣の叫び声がうるさくて、文句を呟くと叫びは消えた。同時に血の涙も止まる。
どうやら持ち主の意志を、ある程度効くようだ。
さてこれで戦うかと思うと、周りにいる七匹の異種族は既に狂っていた。
叫び声に狂ったのか、血の涙を見て狂ったのか、それはわからない。
だが、この場にいるぼく以外の生物は壊れた。
自らも血の涙を流して倒れているもの。地面に両腕を打ち付けながら叫んでいるもの。
正気を失いながら、自らの存在を否定しているかの行動をとっている。
完全に人の剣の効果だろう、成程、一々殺す必要もないな。
「これはいいな」
同時に納得する。
何故、このぼくがこの剣を使えるのかと言うこと。
洗脳や、説得などの行為は共感によって効果を表す。
言ってしまうとこの剣の能力は、異種族を憎いと言う感情を周囲に伝播させると言うものだろう。
それゆえに、自分が異種族であると言う現実を認められずに自傷行為をしているのだ。
ぼくにだって異種族を憎む心と、この剣で殺せと言う感情を植え付けようとしているのがわかる、というより伝わってくる。
だが、ぼくはその感情に一切の共感を覚えないからこそ無事で済んでいるのだろう。
極端な話、自分以外の意見を正しいと思わないのなら、他者の思想になんて染まらない。
そして、正しいと判断するのは頭脳ではなく感情なのだから。
実際に正しいと、間違っていると思うのではなく、自分が正しいと思ってしまうのが染まると言うこと。
ぼくはきっと、何かに染まることなんてないんだと思う。
「だけど、切れ味はわからないな」
試してみたい気持ちはあるが、何もしなくても狂って死んでしまいそうなやつらに使うのも面白くない。
仕方がない、今回は諦めよう。そして、またこんどなにかでた……。
「……え?」
その時、ぐさりという音がして、ぼくの体から力が抜けた。
なにがあったのか、考える前にわかった。
ぼくの心臓の辺りから、鋭い刃物のようなものが飛び出しているのだ。
「人の剣か、なんてものをもってやがる」
どうやら後ろに誰かがいたようで、そいつは乱暴にぼくから刃物を抜いてしまう。
「あのホムンクルスは厄介だったが、お前は本当にただの人間なんだな」
貫いていた刃物で抑えられていた血流が、激しく動き出してしまう。
あっという間に真っ赤になってしまったぼくは、体に力が入らなくて倒れてしまった。
なんだろう、あんまりにも衝撃を受けたせいか、痛み自体はそんなに感じない。
……ただ、眠たいだけ。
「悪いが致命傷だ、恨むのならあのホムンクルスを恨め。自爆までしてもおれたち三人を、仕留めることができなかったんだからな」
……そうか、フルーツを恨めばいいのか。
「しかし、胸糞悪いぜ。こんな普通の、魔法使いでもないただのガキを殺す羽目になるなんて!」
「まったくだ、どんな理由でこんなところにいたのかは知らないが、戦う力を持たない奴を殺すなんて矜持に関わる!」
「悪かったな、自業自得だがせめて埋めてやるよ」
もうギリギリで、眼を開けることも難しい中で安心する。
……なんだ、優しいところがあるんだな。
でも、ぼくを殺したことを後悔することはない。
ちゃんと、ぼくは自分の死を受け入れているのだから。
……ただ、少しだけ寒いんだ。
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