肉体か、魂か

 


「自爆します」


「なるほど、え? 貴方ホムンクルスだよね? 実はロボットだったの?」


 つい驚いて、下手に出てしまう。いやまあ似たようなものだとは思うのだが。


「なんで疑うんですか! フルーツは正真正銘のホムンクルスですよ!」


 いや、その時点で疑わしいのだが。


 どんどん感情豊かになっていくし、機能は大したことがないし、実は人間なのでは?


「ホムンクルスだって自爆は出来ますよ! まあ魔力を圧縮するんですが……」


 そういえばルシルから聞いた気がする。


 魔法というものは必要な魔力量をつぎ込まないと、不発だったり爆発したりもすると。


 ……ルシルだったっけ? まあいいや。


「フルーツの魔法に全ての魔力をつぎ込み、自爆するんです」


「よしわかった、頑張ってくれ」


「なんでそんなに躊躇いがないんですか! フルーツが死んでしまうんですよ?」


 そんなこと言われても……。


「たまには護衛として頑張ってくれよ、お前の役に立っているところを見たことがないんだが?」


 あったとしても、覚えてはいない。


「なんて、酷い。最後ぐらいは悲しんでくれると思ったのに。命を落としてもマスターに、優しくはしてもらえないのですね」


「嫌ならやめればいいよ。お前を犠牲にして生き残ることも、一緒に殺されるのも大して変わらない」


「生きるのと死ぬことが同じなわけないでしょう?」


「大して変わらないさ。それは結局、そういうことになっただけだから」


 生と死に、違いなどない。


 生きる道と死ぬ道は、等価値に決まっているのだから。


「なに、死んだってその先の世界で元気にやるさ。だから、死ぬのが怖いなら自爆なんてやめればいいよ」


 死後の世界があるかは知らないが、消滅するのならそれはそれ。


「……流石に、マスターを死なせるわけにはいきません。方針は変えませんよ」


 フルーツはため息を吐きながら諦めた。


 だが、さっきから疑問がある。今、目の前にいるお人形さんからは、死を目の前にした生物の必死さを感じない。


 どんな奴だって、数分後に死ぬとなれば顔が青くなったり、言葉が震えたりするものだ。


 そんなにわかりやすくなくても、いつもとの違いはあるはずだ。


「ねえフルーツ」


「なんですか?」


「自爆するって言ってたけど、それは死ぬと言う意味か?」


 この情緒豊かな人形は、ぎくりとした反応をした。


「もちろんですとも、この身体は死を迎えます」


 身体は?


「正直に話せ、さもなければルシルの家に戻った後に、お前の大事な洋服を全て燃やし尽くすぞ」


「すいませんでした!」


 フルーツは涙目になって謝った。


「実は、フルーツの創造主は肉体ではなく、魂こそが生物の本質だと考えていまして」


 肉体に魂を宿す。


 魂が肉体を作る。


 鶏が先か、卵が先かはわからないと言う話だ。


「創造主は一々肉体に拘って強化するよりも、死んだ後に、魂が新しい体に移動すればいいと考えているのです」


 実際にどちらが正しいと言うわけではなく、自分がどちらが正しいかをはっきりと定めたと言うことか。


 潔い考え方で悪くない。


「その言葉から考えると、その人形作家はお前のスペアを用意してあると?」


「人形作家ですか? ……まあいいですけど、なんとなくフルーツの格が下がった気が」


「それで?」


「その通りです、フルーツが死んでしまうと魂がスペアの体に移動し、莫大な魔力を込めていただくことで復活します」


 なるほど、それならなんの問題もないな。


「つまり、お前は一つの攻撃手段に過ぎない行為で、ぼくを心配させようとしたのか?」


「もう謝罪はしましたよ」


 ふてぶてしい人形め、いっそのこと本当に消滅してもらって、縁を切っておいたほうがいいのかもしれない。


 そもそもぼくに必要なものではないのだから。


 だが、まあ、無駄死には好まないからしっかりと復活してもらう。


 敵には大分距離を詰められてきてるし、そろそろ自爆してもらうか。


「はあ……」


 憂鬱そうなフルーツに問いかける。


「どうした?」


「いえ、フルーツの創造主は性格が悪いので。自爆したなんて知れたら、どんな嫌がらせをされるか」


「創造主だよな?」


 人形が文句を言っていい相手なのだろうか? 普通は逆らえなかったりする機能があるのでは?


「マスターこそ人間ですよね? 追いつかれたら殺されてしまうような危機的状況なのに、どうしてそんなに余裕なのですか?」


 なんでと言われても困る、強いて言えば死ぬことなんて怖くもないからだが。


「フルーツのことを、心から信じているからさ」


 と、白々しいことを言ってみた。


「……へえ」


 すると、とっても白い眼で見られる。


 こんな生意気な人形には、創造主とやらに厳しく躾けてもらいたい。


 いつか会ってみたいものだ、そしてフルーツのことを説教してやりたい。


「お前が自爆したら、人の剣を使って逃げる」


「了解です、それではお気をつけて」


 フルーツはぼくに餞別の言葉を贈ると、その場に立ち止まる。


 ぼくは足を止めないが、フルーツの体が淡く光っていることは確認できた。


『このホムンクルスは我らが相手をする、貴様らはあの人間を追うのだ!』


 フルーツの読み通りに、状況が動いているのも確認できた。


 人間たちは追いつきそうだったが、他の種族たちはまだぼくまで距離がある。


 あとは自爆に巻き込まれないように、距離を離す。


 数分程全力疾走した後、白色の爆発が起きた。


 それは誰も生き残ることなど出来ないような規模で、その爆風はぼくを後押しした。


「さて、後はぼくだけだ」


 よく考えてみれば、あいつは既に安全なところに移動しているのだ。


 心配の必要がないのは好ましいが、一人だけ楽をしていることに怒りが沸くことを止められなかった。


 ……いや、正確には止める気がなかった。

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