クーデター

 


 気付いたからには、行動をしなければならない。


 ぼくはこっそりと、隣で寝転んで本を読んでいるフルーツの後ろに回ると、その背中にのしかかる。


 最近急激に成長し、十歳程度の外見から十二歳程度の外見に成長したフルーツだが所詮は少女。


 十六歳の男であるぼくが全体重を使ってのしかかれば、とても苦しいだろう。


 ……よく考えればたった数か月でここまで成長するとは流石、人間ではなく人形だ。


「ぐえっ、マスター何を?」


 予想していたよりは苦しそうな印象を受けない、せいぜいが同い年の人間が乗った程度だ。


 こいつはホムンクルスだが、必要以上に人間に近く作ってあるらしいので、一般人と魔法使いの差だろうな。見た目で判断できないが、普通の人間の何倍もの筋力があるのだろう。


「さっきから煙に巻きよって! とっととぼくに詳しい説明をしろ!」


 あっさりと忘れてしまっていたことは、意図的に忘却の彼方に押しやることにした。


「は、話そうとしたのにマスターが文庫本を読み始めたんじゃないですか」


「そんなのは知らない、早く説明を」


「わかりましたから、降りてください!」


 最近生意気なので、もう少し懲らしめてやりたかったが要望に応えてやる。


「……まったく、どこから話しましょうか?」


 起き上がり、姿勢を正して座るフルーツにぼくは直球の質問をぶつける。


 こんな人形相手に気を使った質問の仕方は面倒だ。


「何故、ぼくをこんな荒野に送ったんだ?」


「学院でクーデターが起きたからです」


 おっと、予想外の答えだ。


「なにそれ、クーデター?」


「はい、ですが国家的なものや種族的なもの、あるいは人権問題や差別が理由ではありません。学院長のリコール問題が原因です」


「またあの男か……」


 まだ実際に契約をしたわけではないのでいいが、あれの養子になるのは本当にやめようかな。


「理由は?」


「独裁教育が直接的な原因ですね。学院長はワンマンですから」


「でも確か、世界中の魔法学院で一番の成果を出しているんだろう?」


「まさしくそこが話の焦点です」


 フルーツは一拍置いて語りだす。


「学院長の方針は、とにかく危険な環境にして生き残れば強くなるというものです。学院内に他種族を呼び寄せたり、生徒同士の決闘を推奨したり、闇に堕ちた魔法使いにもかなりに優遇をしています」


「ぼくは詳しくないんだけどさ、他の学院はそういったことはしないの?」


 確かにテレビでは、よっぽどおかしいやり方だと言っていたが。


「ないですね。基本的に生徒の教育のために他種族を使うこともありませんし、生徒同士の訓練でも決して命を落とさないように厳重にルールを敷いています」


「でもさ、教育に化け物たちを使わないなんてそっちのほうがおかしくないか?」


 そんなんでいざという時に戦えるのか?


「優秀な生徒を選び、しっかりと隊を組んで他種族と戦うことはあります。でも学院に呼び寄せて殺し合いを前提にした共存なんて絶対にあり得ませんね」


 ああ、嫌だ嫌だ。


 何が嫌かって、生後数か月のフルーツが、ぼくより遥かに事情に通じているところが嫌だ。


「つまり、学院長の教育方針が危険すぎるからやめろってこと?」


「はい。ずっと問題視されていましたが、ようやく行動に起こされたということですね」


「でもさ、学院長ってつまりは校長だろう? 理事長とかに訴えでもしたってことか?」


「イギリス校の場合は理事長や理事たちは一切、学院の教育方針には関わってきません。なにしろ魔法社会の政府が頭を下げて学院長になってほしいとお願いした立場ですから。それに相応しい特権がいくつもあるんです」


 あんな男に学院長になってほしい奴がいるのか?


「全ての魔法学院の学院長には、圧倒的な強さが求められます。いざというときに一人で全ての生徒を守れるようにですね。今、この世界で人間最強の魔法使いは現学院長ですから、当然白羽の矢が立ったと言うわけです」


「魔法社会とか政府が絡んでいる話だっていうなら、一々お願いなんかしないで強制すればいいのに。ほら、逆らうなら全ての魔法使いで倒すぞ、とか?」


「無理ですよ。そもそもその程度では倒せませんし、もし本当に倒してしまったら、魔法社会全体の損失ですよ。そのせいで人間の死傷者数が莫大に増加してしまったら、それこそ何が起こるかわかりません」


 無能な政府への反乱から、不信感からくる本当のクーデター。終いには本当に他種族によって人類が滅ぼされてもおかしくないらしい。


 それにしてもまたもや嫌な話を聞いた。


 まさかとは思うが、あの男は全ての人類が一丸になったよりも強いのか?


 ……深く追及するのは止めておこう。


「時々だけど、あの学院長が凄い奴な気がする」


「凄い人ですよ、……強さだけですけど」


 仕方がないことなのだろう、言ってしまえばこの世界は未だに戦時中と言える。


 その相手は人間に限らず、化け物たちまで含まれてしまうのだから強さだけが全てと言う考えはおそらく正しい。


 化け物なんてものは、話が通じないのが当たり前だろうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る