仮初の死合いを楽しめ!

 


「そろそろ、大物を狙うか……」


「大物、ですか? そんな人がこのクラスにいましたか?」


 心底不思議そうな言葉を発するフルーツに、一人の男の存在を伝える。


「ああ、シナモンですか。それなら訓練場を歩き回っているようですね。おそらくはフルーツたちと同じ戦術をとっているのでしょう。近くの魔力反応が消えていきますので」


 なんとなく冷たい対応に思える。よほど主席くんのことが嫌いなのだろうか。


 それは今までの関係性からも、察することが出来るが。


 まあ、どうでもいいか。


「よし、探して倒そう。一応は主席だ、勝てばぼくたちが一年で一番優秀だと言えよう」


「了解しました。今度こそあの男を塵と化しましょう!」


 相変わらず、こいつは本当に人形なのかというほどに感情を示す。


 フルーツに不安になりながら、ぼくたちは進行方向を主席くんに向ける。


 今度は少なくてもフルーツの天敵というわけではないので、楽しくなりそうだ。



 ☆



「これは凄いな」


 まだ辿り着いてはいないのだが、主席くんとの距離は着実に近づいている。


 その証拠になりそうな風景が、周りに広がっている。


「森の景色が大分おかしい」


 まるで火事が起きたかのように、未だに赤く燃えている木々、既に燃え尽きて真っ黒くなっている木々が辺りにたくさんある。


 そういえば、主席くんの属性が火だと聞いたような気がする。


「訓練場の自己修復が間に合わないほどの力を使っているようですね」


 この森はあくまでも訓練場であり、基本的に全てのものが自然に治る傾向にあるらしい。


 風景のものが破壊されれば修復するように、室内で怪我を負った人間も、ゆっくりではあるが修復されていくと聞いた。


 その証拠に、ギースとの戦いでフルーツについていたかすり傷などがすでに治っている。


 あくまでも、室内に入る前の状態に戻るだけらしいので、それ以前の傷は治らないが。


「でもさ、お前との戦いでは腕に魔力を込めて戦っていたんだろう? 火なんて使っているのか?」


「使うのでしょうね、フルーツも見たことはありませんが」


「手加減されていたってことか?」


「そうですね、お互いにですが」


 つまり、まだ本気で戦ったことはないと言う意味だ。


 当然と言えば当然か、なにも本当の敵というわけじゃないんだ。


 相手はクラスメイト、殺す必要はないのだから本気なんて出さない。


 だって、ほら。人を殺すのって面倒なんだから、出来るだけ避けなければ。


「なあフルーツ、楽しい予感がしてきたぞ。面白いものが見れる気がする」


「あのですね、マスターはそろそろ恐怖や警戒心というものを持ったほうが……」


 ぐだぐだとうるさいフルーツを無視して先へ向かう。


 ぼくは基本的に最低限の計算をして動くし、そんな感情を大事に持つなんてつまらない。


 好奇心に殺されるのなら、それはそれで本望なのだから。



 ☆



 遂に主席くんがぼくたちの視界に入る。


 背中を向けていたはずだが、何かの気配にでも気づいたのか後ろを振り返った。


「よう、遊ぼうよ」


 警戒心を最大にしているフルーツを横目に、ぼくは主席くんに気安く話しかける。


 だが、主席くんは少し顔を伏せ、落ち込んだような雰囲気を醸し出している。


「……嘆かわしい、我らは誇りある優秀なAクラスのはずだ。それなのに、何だこの有様は!」


 主席くんは落ち込んでいるようだったなのに、会話をしている内にテンションが上がって、最後には叫んだ。


「なんだなんだ?」


「なんだじゃない! 雑魚ばかりではないか! 今日は珍しくこの俺を高めてくれる素晴らしい授業内容だと思ったのに、こんなにも馬鹿正直に正面からぶつかってきたのは貴様らだけだぞ!」


 それは、むしろいいことでは?


 弱者が強者に正面から戦いを挑んでも勝ち目はないのだから。


「これは訓練だぞ! その意味も分からないのか! 例え死んでしまっても室外に弾き飛ばされるだけだ、雑魚が自らを高めるには挑戦が大事だと言うことは明確な事実だろう!」


 まあ、その通りだな。


「貴様のように鍛える意味が全くない男ですらこの訓練を楽しんでいるようなのに、一流の魔法使いを目指す生徒の心構えはこんなものなのか! 嘆かわしいにも程がある!」


「まあ、それはぼくも思った。もっと楽しめばいいのにって」


 こんなものは遊びなのだから。


「全く、グリムとギースはどうした?」


「ギースは倒した。グリムは勝ち目がないから戦略的撤退をした」


「なんだと? 貴様のような頭のおかしい人間でも、仮初の死が恐ろしいと言うのか?」


「まあ、そうかな。なにしろまだメインディッシュが残っていたからな。あそこで殺されるのは惜しいと思ったんだ」


 今、それが目の前にいる。


「成程、頂点を狙ってきたと言うことか。それなら納得だが、貴様も参加するのか?」


「当たり前の質問をするなよ。お遊びだろう?」


「そうだな、お遊びだ。確実に勝てない戦いでも、死ぬことがない以上は挑むことに価値がある」


 ようやく、主席くんが嬉しそうな顔をする。


 さあ、今度はどうやって遊ぼうか。

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