ぼくのために動け

 


「あの二人は一年ほど前にヴィーの弟子になったんです。初めての弟子だったから随分と祝福したんですよ」


「なんだ?お前たちは弟子に恵まれないんだな」


 嫌な共通点だ。


「そうですね、私は弟子を壊してしまいますし。ヴィーにはそもそも弟子候補が現れません」


「なんで?」


「そんな価値がないからですよ。ヴィーの価値の大半は両目にあります。ですが、あの両目は誰かに教えたり受け継がせたりできるものではありませんし、魔法使いとしての師匠なら、もっと優れている人間がいくらでもいますからね。才能もない、あんな気ままな師匠なんて誰も欲しがりません」


 そうだろうか、ぼくは割と気が合うと思っているのだが。


「そして、あの二人は私と同じ覚醒者ですが、やはり大した才能はないようです。少なくても私の弟子になったら確実に壊れてしまうでしょうね」


 なんとなく、ルシルの態度が冷たい。


 実はヴィーの弟子たちが好きではないのだろうか。


「さて、私が話せるのはこのぐらいですかねえ。あ、まだおかわりしますか?」


 実はさっきからシチューをおかわりしている。次は四杯目だ。


「あのさあ、ルシルってヴィーの弟子たちは嫌いなの?」


 迷った末に直接聞いてみた。


「あまり好きじゃないですね。あの子たちは才能がないですから」


 ルシルは、冷たくそう言った。


 ……ルシルには時々こういう部分がある。


 ぼくにはいつも暖かく優しい人なのだが、自分の価値観から外れた人間には本当に氷のように冷たいのだ。


 これは、決して仮面ではなく本性なのだとよくわかる。


 だがまあ、とても人間らしいと思った。


「まだ何か聞きたいことはありますか?」


 一転してルシルが優しく聞いてきた。


 ぼくは、ほとんど何もしていない今日一日を頭の中で振り返ってみると、頭の中に雷が走った!


「聞いてくれ、ルシル!今日学院で魔法使いを見たんだ!」


「は、はい?あのう、魔法学院なので生徒も教師も魔法使いだと思うんですけど……」


「そうじゃない!三角帽子を被ってローブを着て、杖を持っていたんだ!」


「……ああ、そういうことですか。確かにうちの生徒は普通の制服を着ていますが、昔ながらの魔法使いの制服を着ている人もいますね。一応はどちらでもいいことになっていますから。流行ってないので本当にごく少数ですが」


「あれを着たいんだよ!」


「……あのう、本当にムゲン君はミーハーなんですねえ。別に構いませんけど、魔法使いの制服は魔法を使うことに特化したものなんですよ。例えば杖なら魔法の威力を上げるといったような。ムゲン君には何一つ意味がないんです。だから用意もしてないんですけど……」


「そんなことは知らない。なかなかにかっこよかったんだ。ぼくも魔法使いの一員になったならあの格好をしたい。まるで童話の絵本に現れる魔法使いみたいじゃないか!」


「では、取り寄せておくので数日待っ……」


「今すぐ、持ってきて」


「え?あの、今はもう午後十時でして。真っ暗だしお店も……」


「三十分以内で」


「あ、あのう……」


「とっとと行け」



 ★



「おおー、カッコイイ!」


 ぼくはルシルが買ってきたローブや三角帽子、杖を身に着け、鏡の前でポーズをとっていた。


「そ、その前に私を褒めてくださいよう……」


 ソファでぐったりとしているルシルがぼくに不満を言う。


 なんでも知り合いの仕立て屋に無理を言ってローブと三角帽子を用意したらしい。


 杖だけは本当に自分に合ったものを買う必要があるので後日になり、今はルシルの杖を持っている。


「いいな、これは。よし。明日はこれで学校に行こう」


「それはダメです。その格好で学校に通うのはよほど実践的な魔法使いばかりですから、直ぐに喧嘩を売られますよ。ムゲンくんは魔法が使えないんですから。最悪、殺されちゃいますよ。あの学校は私闘が許されていますからね」


 なんて物騒な学校だ。仕方がない、ぼくも自分の命は惜しいからな。


「仕方がない。ならヴィーのところに自慢しに行ってくる!」


「待ってください!今が何時だと思っているんですか!他人に迷惑をかけてはいけませんよ!それにいつの間にそんな仲良くなったんですか!ダメったらダメです!あっ、あっ、待ってください!」


 ぼくはルシルの言葉を無視して、家を飛び出した。

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