学院の長

 


 あれから一時間ほど、ルーシー先生の無駄な努力に付き合ったが、どうやら何の意味もなかったらしい。


 肩で息をしながら、絶望の表情を浮かべるルーシー先生に、ぼくは語り掛ける。


「ごめんね、期待を持たせて。やっぱり魔法を覚えるだけだと、意味がないよね?」


「いえ、そんなことはありません。むしろ魔法を覚えてくれるのなら私にとって、何の問題もないとすら言えます。ですが……」


「神崎無限くんが、哀れなんだね?」


 ルーシー先生が、何かを言えずにいると突然、ぼくの近くから男性の声がした。


 椅子に座り、優雅に笑っているのは、二十代ぐらいの青年だ。


 なんとなくでしかないが、どこかで見たことがある気がする。


「インフェルノ学院長……」


 学院長? この怪しい男が? ……世も末だな。


「もちろん、偽名だよ」


 男はそう言って、にこりと笑った。


 ナメてんのか。


「そもそも魔法を覚えるということは、命の危険を冒すということだよ。それなのに覚えた魔法を使えないなんて、本人にとっては自殺を強要されるようなものさ。成功してもそれは、自殺が未遂に終わっただけに過ぎない」


「ふーん」


 確かに、それは危険過ぎる行動だろう。


だが、仮にも生徒になんで嫌な現実を教えるのだ。


「ところで。無限くんは、ルーシーくんの弟子になるのかい?」


 学院長は、ぼくに気安く話しかけてくる。


「いや、今のところはならないよ。それよりなんでぼくの名前を?」


「おや、私はこの学園の長だよ。生徒の名前ぐらい覚えているさ」


「新入生全員の名前を?」


「ああ、しっかりと覚えているよ。特に将来有望な子の名前はね」


「じゃあやっぱりおかしいよね。ぼくは有望な人間じゃないから。だって魔法なんてものが実在するって、昨日初めて聞いたよ」


 その理屈は、通らないだろう。


「だとしても、有名な神崎家の子供なら有望に違いないさ。その証拠に、君には莫大な魔力量があるだろう?」


「尚更おかしい。ぼくは一般人扱いだったし、何代も前からの知り合いの家にすら、存在のほとんどを知られてなかったんだ。ただの学院長が知ってるわけないだろう?」


「なるほどね。ふふっ、君は鋭いんだね。でも、神崎家は本当にそこまで、君の存在を抹消してたんだなあ」


 学院長は、苦悩するようにそう言った。


「で? なんでぼくのことを?」


「実はね、君を取り上げたのは私なんだよ」


「は?」


「君のお母さんのお腹の中から、赤ん坊の君をこの世界に出してあげたのは私、ということだ」


「へえ? そうなんだ」


 当然だが、初耳だった。


「うん、君がなんで無限と名付けられたかも知っているよ。君はお母さんのお腹の中にいる時点で、莫大な魔力を発していてね。ご両親は君から無限に感じるほどの魔力を感じると言って。そう名付けたんだ」


 ぼくの名前には、そんな理由があったんだ。


 普通に生きていたら、一生知らなかったな。


「僭越ながら、私は君に親のような感情を持っていてね。色々と調べてしまったんだ。すまないね」


「親? ぼくを取り上げたから?」


「他にもいろいろとね。これでも今までずっと見守ってたんだよ」


 学院長は、よく分からないことを言った。


「まあ、嬉しいけど。ぼくの人生は誰かに見守ってもらうほどのものじゃないさ」


「そんなことあるもんか。君はその人生で何回殺されかけていると思っているんだ?」


「殺されかける?」


 全く覚えがない。


「君は生まれた時点で、両親に殺されかけているんだよ。神崎家はその初代から、魔力量がほとんどない人間しか生まれなかったんだ」


 それはつまり、魔法使いとしての才能が無かったという意味なのだろうか。


「そうだね。それは蝋燭に火をつける程度の魔法を、五回も使うとなくなってしまうほどに。だから少しの魔力で、大魔法を使えるようになるような技術を、ずっと研究してきた。それはもう、家の誇りになるほど」


 才能は無かったけど、努力で補ってきたのだろう。


「だから無限くんのように、溢れそうなほどの魔力を持つ人間が生まれるなんて、神崎家としては到底容認できることではなかった。だから君のご両親は生まれたばかりの君を、魔力そのものに変換しようとしたんだ」


「魔力への変換って、つまり無限くんを殺そうとしたってことですね?」


 ルーシー先生が補足説明をしてくれる。


「うん、当時の私は魔法学園の学園長として、魔法社会に莫大な貢献をしている、神崎家の赤子を取り上げてほしいという要請に応えたんだ。そして、その場にいたからこそ無限くんの命を守れた」


「名家ほど、自らに箔をつけるための行動をしますから。インフェルノ学院長に協力してもらうのは、納得出来る行動ですね。無限くんの価値を釣り上げようと思ったのでしょう」


 ルーシー先生は、不機嫌そうにそう言った。


「私は無限くんを、養子にしたいと言ったんだけどね。絶対に認めてはもらえなかった、家の恥だからと言われてね。だから私は、無限くんを一般人として育てるべきだと意見して、無限くんを神崎家から解放したつもりだったんだよ」


 解放した、つもり。


「だが、神崎家は一年前に君を家に呼び戻し、うまく利用できないことを理解したから、この学校に捨てたんだ。苦肉の策でね。それがどれだけ危険な行いかも知らないで」


「危険? ムゲンくんがですか?」


「いや、魔法社会の全てがだよ。一歩間違えば無限くんは、この世界から魔法と言うものを根絶してしまうかもしれないほどの可能性を持っているんだよ」


「それは、ムゲンくんが魔法社会を恨みに思って、魔法使いを皆殺しにすると?」


「それは無理だろうね。無限くんには魔法を使う才能がないから。でも無限くんには誰一人傷つけることすらなく、魔法そのものをこの世から無くせるかもしれないんだ」


「そ、それはどういう?」


「……言えないさ、今はね。でもだからこそ聞いておきたいんだ。無限くんは、ルーシー先生の弟子になるのかい?」


「いや、ならない」


「なります!」


 ぼくのはっきりした言葉と、ルーシー先生のきっぱりした言葉が重なった。

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