第三章 第四話
茜に着付けを手伝ってもらった緋蝶は、桜教殿の広間にやってきた。
そこにいたのは、東雲だ。座っている彼の前に進み出ると、彼は
「その
狩衣は本来なら男性が身にまとうものだ。しかし代々の女帝候補達は教育を受ける為、動きやすいよう男性用の
「とても
じっと見つめられると、
「背筋を
そう言われてはっとした。背筋を伸ばして東雲を見つめると、彼は満足そうに頷いた。
「作法にもっとも必要なのは、自信だと私は思います。自信のある人の作法は堂々としていて美しいですが、自信がない人は自然と背中が丸くなるんです。女帝候補である緋蝶には、いつでも背筋を伸ばして前を向いていてほしい。それが私の願いです」
優しいが、厳しい言葉でもあった。
「はい、よろしくお願いします」
ゆっくりとお
「私は
「はい」
東雲の話に耳を
お昼にさしかかった
緋蝶は、
「昼食は、緋蝶様に
茜に連れて来られたのは、建物の裏手にある
その花壇の真ん中にいたのは、周りの花達にも負けない美しさを持った橙幻だ。
案内を終えた茜が一礼してその場をあとにするのを見送って、花壇に近づく。
橙幻がこちらに気づいたようで片手を挙げた。
「やあ、緋蝶。やっぱり私の見立てに間違いないね。その狩衣、よく似合っている」
橙幻が満足そうに微笑んだ。
「素敵な狩衣をありがとうございました。寸法も測ったみたいにぴったりです」
「私はいろんな女性を知り
(いろんな女性を知り尽くしているって……どういう意味で?)
気にはなったが、深く考えてはいけない気がした。橙幻が花壇から出てきて目の前に立つ。
「私は
彼が儀式の衣装も作ってくれるというなら、これほど
「はい、よろしくお願いします」
「うん、いい返事だ。君に似合う最高の衣装を用意してあげる。儀式の前には、私が
片目を
(すごく素敵な方なんだけど、調子が良すぎるというか、軽いというか。男の人ってみんなこんな感じなのかしら)
考えていると、橙幻がはっとした表情になって、持っていた
「緋蝶に絶対に似合うと思って、もう一枚着物を仕立てたんだ。ぜひ着てほしいんだけど」
「わあ、ありがとうございます。どんな着物……ええっ!?」
きっとまた素敵な着物だろうと喜んだのもつかの間、彼が手にしたものを見て目を見開く。
「可愛いだろう。私はいつも思うんだ。どうして女性達は何枚も重ね着したり、引きずるほど長い
力説する橙幻が持っているのは、やけに
そして目がちかちかするほど、たくさんの色で染められている。
(これは……!
人前で足を見せるなんて、どれほど
「……………………
何とか探し当てた言葉に、橙幻が大きく
「さすが緋蝶だ。そう、斬新なんだよ。おそらく着てくれる女性はいないと思う。でも
力強く
「いえ! お断りします」
「どうして!? 緋蝶は絶対足が綺麗そうだから、似合うと思うよ」
「いえいえいえ、斬新すぎて、わたしにはとても着こなせません。ごめんなさい!」
必死で断ると、
「緋蝶がこれを着た姿を見たかったのに」
ぶつぶつ言っている橙幻の
「それより、苑紫様が昼食の準備をしてくださっていると
「ああ、雨も上がったから、そこの
話していると、背後から声がした。
「早かったな、緋蝶」
苑紫の声だ。
しかしそのまま、口も
その姿で姿勢正しく立ち、両手には料理を
(変だわ! すっごく変! 割烹着が似合ってないし、料理の皿を持ってる姿も
苑紫の姿が
苑紫は気にした風もなく、屋根付きの東屋に入って、そこに用意されていた
そこからお
「いい香りだね。桜教殿に入ったら、雫花帝の許可なく外には出られないから、
(手放しで
あっけにとられていると、苑紫が東屋から出て、橙幻と向き合った。
「お前に会いたいと、下は十六歳から上はお前の母親以上の
「私の可愛い恋人達は、喧嘩なんてみっともない
橙幻が色気たっぷりに
「いままで女性に囲まれた生活だったから、研究に
橙幻の指が
「女性はみんな、美しい花だ。いまはまだ君は
男性の顔をこんなに間近で見たのは初めてだ。どうしていいかわからなくて目を白黒させた。
「え、えええええっと、あの……」
「そのくらいにしておけ。緋蝶が困っているだろう」
苑紫の声にはっとして、
どきどきする胸を何とかなだめて、促された席に座った。
「みんなまだだが、温かいうちに食べた方がいい。どうぞ」
苑紫に
皿に盛られているのは、
「すごい……! これ本当に苑紫様が作ったんですか? わたしも下働きをしていたので、料理は得意な方ですが、まったくかないません。これは
いい香りに
「どうした? 口に合わなかったか?」
「
橙幻が膳の料理に
「わかるよ。感動で言葉も出ないよね。このでかい
夢中になって食べていると、苑紫が周りを見回した。
「東雲は少し
昨日の様子からすると、二人が
「せっかく緋蝶とみんなが親しくなれる場を設けたのに。時間があまりないので、儀式で必要な知識を優先的に覚えてもらわないといけないんだが、あの二人の協力がないとまずいな」
「二人って、暁様と月白様ですか?」
問いかけると、苑紫が頷いた。
「昨日緋蝶に聞かれたから
苑紫が指を一本立てた。
「まず一つ、儀式においての〝作法〟だ。これは東雲が教えるが、二つ目の
苑紫が立てる指を増やしながら、わかりやすく教えてくれた。
「そして三つ目は、やはり〝
橙幻が料理を食べながら、
「花賢師はみんなそれなりに剣術も武術もできるはずだろう。そんなに練習しなくても……」
「そうはいかない。
そう言われて、一気に
「暁様と月白様は教えを
「おや、暁に何か言われた?」
橙幻にずばりと聞かれて、思わず頷いた。
「暁様は山吹様のご子息で、わたしのいとこになると伺いました。でも、わたしの事をあまりよくは思われていないみたいで」
橙幻は何かを思い出したように、ふっと笑った。
「暁は女帝制度に反対だからね。なのにあいつが竜神様に選ばれて
「橙幻。
苑紫に
「本当の事じゃないか。……まあ、暁は女帝制度には反対だから、君にもきつく当たるんだろう。月白は暁の幼なじみだから、同調して反対しているのかもね」
石を投げてきた月白の顔を思い出す。
「橙幻様、月白様と暁様は幼なじみなんですか?」
「そうだよ。月白はこの国で一番大きな神社の
橙幻はため息混じりだ。二人の話を聞いて、頭の中で整理した。
(暁様と月白様は、女帝制度に反対している。でも二人から教えを授からないと、
考えていると、苑紫がふいに深刻な顔付きになった。
「あともう一つ、緋蝶に伝えておく事がある。女帝制度に反対する貴族達の事だ。初代の女帝の時から、女性しか皇位につけない事に異論を唱える貴族達はいたらしい。彼らは昔のように男性が皇位につく事を望んでいる。そして彼らは
「秘密裏に結成した組織……?」
女帝に反対する者達がいると茜からも聞いていたが、そんな組織があるというのは初耳だ。
「〝
思わず口の中でひゅっと息を
「私の父も武官で、
苑紫が真剣な表情で、胸に手を当てた。
「私は桜教殿の警護を預かる責任者だ。緋蝶に危険が及ばないよう精いっぱい努力するつもりだ。しかし、そういう
「……わかりました」
正直に言うと、
苑紫が表情を
「心配しなくていい。ここにいる間は安全だ。……さあ、食事を再開しよう。たくさん食べろ。
「はい、ありがとうございます」
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