第六章

第六章

あれから、ずっと玲さんにあっていない。あの時言いすぎてしまったことは、本当に申し訳ないと思っている。だけど、あって謝りたいという気にはどうしてもなれないのだ。玲さんが、そういう所に入っていたというのは、あまり気にしてない。確かに、ああいう大事件を起こした花野井というところは聞いたことがあるが、それはもうほとんど時効になりかかっている。だって、十年以上前の話じゃない。あの団体が大惨事を起こしたのは。

でも、玲さんは、それを一生忘れないといっていた。そして、これからも、この団体に関わっていた人間として、影の人間として生きていくんだといった。博が、玲さんは、いろんな人を癒してきて、いろんな人に希望を与えてきたじゃないかというと、玲さんは、そんなもの、ただ癒してきただけだといった。そして、これからも、花野井に関わってきた人間として、生きていくんだといった。博は学校で、過去にとらわれ過ぎて、前に進めないというのは、人間として恥ずかしい、それに立ち向かって生きていくのが、しっかりした人間の生き方なのだという事を教わっていた。それを博は玲さんに言ってみたが、玲さんは、二度とやり直せない過去というものもあるんだと言いかえした。其れなら、普通の人間と同じようなものじゃないか、と博は言ったが、僕も、普通の人間に過ぎないと、玲さんは笑っていた。超能力何てどこにもない、ただ、靈氣というものを身に着けて、癒しているだけである、と。

そういう事は科学的にどういう事なのかよくわからないけど、ある心理学者は、幻覚や幻聴を神秘体験と勘違いしただけだと表現していた。何かが起きてほしいという事を、嘱望しすぎて、霊気など癒しとされる超能力のようなものを、信じ切ってしまうというのがその心理学者の主張だった。それは、花野井もその手を使っていたという。

玲さんと大喧嘩をしたあと、博は、花野井の事について、タブレットでちょっと調べてみた。確かに、花野井の教祖は、精神的に病んでいた人や、居場所がない人を集めて、手で障害を治すという事をやっていたようである。そして、教祖は彼女たちから大量にお金をだまし取り、それができないと、テロ事件を実行するように洗脳していったようだ。でも、花野井から脱会したものも数多くいるし、

花野井の元信者で、直伝靈氣を伝授したものも多くいるようだ。それに直伝靈氣というものは、花野井が作られる何十年も前から存在する、日本古来の治療法であり、花野井の教祖がただそれを悪用しただけだと、博が見つけた直伝靈氣の公式サイトにはちゃんと書いてあった。

そういうところを、ちゃんと打ち出していけば、これからもやっていけるのではないかと博は思ったが、玲さんは、それを知られてしまったら、もう二度とやってはいけないようなことをいっていたっけな。一体、玲さんは、そんなに弱気だったんだろうか。

俺、玲さんの手伝いをするだけで、生きがいだったんだけどな。それを、玲さんは、うるさい事としか見てないなかったのだかな?

花野井は、そんなに怖いところだったんだろうか。

花野井の起こした事件何て、どうしても思い出せない。ほかの悪い事件が多すぎだという事もあるけれど。

そんなことを考えながら、博は学校に通って、またのんべんだらりとした毎日を過ごした。それでは、なんだか、また砂を噛むような勉強という行事に縛られた、つまらない日常生活だった。

其れから、また数日たったある日の事である。博は、学校から帰ってきて、たまたまテーブルの上に置いてあった、岳南朝日新聞を取った。そのトップ記事に、このような見出しがあったので、目の玉を石でぶっつけられたような、衝撃を受けた。

「殺人容疑で花野井元幹部を逮捕。信徒の女性を餓死させる。」

と、いう見出しが書いてあったのである。

「殺人容疑、、、。」

博は、急いで記事の内容を読んでみた。既に花野井は解散しているはずだったが、残っていた幹部たちは、まだ活動をしていたようである。活動内容は、玲さんがしていたことと同じ。手で触れて、心を癒すという内容であったという。しかし、高額な治療費を請求したことが、たぶんおかしかったんだと思う。それを払いきれないといった女性を、この幹部は自室に監禁し、餓死させたというのが事件の内容であった。遺体は、近くの川の中で発見されたが、成人女性の標準体重の半分もなかった。逮捕された幹部は、自分の治療に従わなかったために殺害したと語っているらしい。なぜ、そういうことを、平気でしたんだろう。博は、理由がよくわからなかった。玲さんは、ただ、困っている人を癒してやっただけじゃないか。それをどうしてこういう風に悪用するんだろう。そういう人って、本当に、どこにでもいるんだなあと思う。

ふいに、博は自宅付近に、パトカーが走っている音が聞こえてきたのに気が付いた。それがどこへ行くのか、どうしても気になって、博は、ちょっと外へ出てみることにした。でも、自分が職務質問されることは怖くて、パトカーの様子を遠くから眺めているしかできなかった。そこで、博は、なかなか警察からも気付かれにくい、歩道橋の上に上って、そこから警察の話を聞くことを試みた。

パトカーは、玲さんの家の前で止まった。そして中年の二人の刑事が、玲さんの家に入っていくのが見える。

玲さんの家の玄関先で、

「すみません、中山さんですか?あのいたら返事をしていただけないでしょうか?」

声の大きな中年の刑事が、そういっているのが聞こえてくる。博は、急いで通訳をしなければならないと思ったが、自分が何かされるのが怖くて、博は一歩踏み出せず、歩道橋の塀の後ろに隠れて小さくなった。

「すみません!中山さん!」

と、もう一人の刑事がまた言うと、玄関のドアが開いて、玲さんが出てきたんだなという事がわかる。

博が隠れているところからは、玲さんの顔は見えないが音で何とかそれを判断することができた。

「中山さん、あの、あなたの過去についてちょっと伺いたいんですけどね。」

と、刑事はそういっている。玲さんは何か答えを出したのだろうか。でも、言葉は言えないので、通じたかどうかは不明である。博は次の言葉を聞いて通じなかったのだとわかった。

「あのですね。我々をバカにしないでもらえませんかね。口が利けないのは分かりますから、そういう口のきけない者同士がやるようなツールは、使わないでもらえませんか。ちゃんと正直に言っていただけるように、我々にもわかる方法で言葉をしゃべって下さい。」

と、刑事はそういっている。つまり玲さんは指文字で何か答えを出したのだろう。それでは、確かに知識のないものには、自分をバカにしているように感じる人も少なくないという評論家もいる。博はそういうことは知らなかったので、単に警察が、玲さんを問い詰めて、咎めているようにしか見えなかった。

「もう一回聞きますよ。あなた、花野井に居ましたよね。」

刑事がそう乱暴に聞いた。もうちょっと優しくしゃべってくれればいいのになと博は思った。女の人ならちょっと怖がって泣いてしまうようなしゃべり方だ。

少し間が開いて、刑事の言葉がこう返ってくる。

「そうです。確かに自分は教祖の下に居ました。でも、それはただ、直伝靈氣を習っていただけの事で、師範免許取得後は、すぐに脱会してしまいました、、、。そうですか。でも、どうしてそんな風にすぐに脱会できたんでしょうかね。それも、おかしいと思うんですが。あなた、それは表面的なことだけで、本当は、教団とひそかに連絡を取っていたんじゃありませんか?」

暫く間が開いた。

「それでは、どうしてそんなに簡単に脱会できたのか、その方法を教えてもらえないでしょうかね。だって、あなたも知っていると思うけど、あの時、信者の家族が必死になって、子どもや孫を取り戻そうと動いていたくらい、脱会というのは、むずかしいことだったんですよ?」

もう一人の刑事がそう聞いた。博は、若しかして玲さんは馬鹿にされているのではないかと、すぐ訂正に言った方がいいんじゃないかと思ったが、それは、怖くてできなかった。

「ええ、確かにそれは知っています。でもごらんのとおり僕は口が利けません。多分、其れでは役に立たないので、すぐに追い出されたんでしょう。師範免許取得後、いきなり師匠から、お前はもう用なしだといわれて、すぐに追い出されたんです。つまり破門ってね、あなた、警察をなめているんですかね。十年前のことを、覚えてないんですか?我々もね、花野井の信者の親御さんから、自分の子どもを取り戻したいと訴えられたことが、何回もありましたよ。それをあなたが簡単に解決できてしまうとは、どうも疑わしいですね。本当に其れはそうだったんですか?」

と、最初の刑事がそういっている。という事は、やはり花野井は、迷惑な宗教団体だったんだろうか。それではつまり、そこから脱会していくのも非常に難しいことだったんだろう。それを簡単にでることができたというのは、確かにおかしいこともある。

「僕はそんなこと知りません。花野井の教祖に確かに習ったことは認めますが、直ぐに追い出されて、破門されたことも事実ですってね、あれだけ教祖から脱会していくのは、難しかったのにな、、、。破門というとまた違うのかな。」

刑事の一人は、頭をかじっていた。

「あなた、口が利けないというのは、いつからの事ですか?」

と、最初の刑事が聞いた。なんでそんなこと聞くんだろうと博は思った。

「はい、口が利けないのは生まれつきです。なくなった母の話ですと、生まれてすぐに声帯を切除したのです。その理由は、生後すぐに看護師が、痰を取るためのチューブを誤って気管に挿入してって、はあ、なるほどね。ははあ、、、つまりあなたは、生まれてすぐにおきた、看護師の医療ミスで声帯を損傷し、それで口が利けないという訳ですか。で、さっきの変な手の動きはどこで覚えたんですか?」

また間が開く。玲さんが、筆談ノートに書いているのだろう。変な動きというわけではなく、指文字という重要なコミュニケーション手段なのだが、刑事さんには、変な動きにしか見えないらしい。

「あ、なるほど。お母様が、あなたに教えたわけですか。耳は損傷しなかったので、聾学校には入学しなかったわけですね。はああ、なるほど。地元の小中学校に通っただけで、学歴は中卒。そして、お母様のアドバイスで、治療者として生きることを決断したわけですね。」

刑事さんはそういうことをいっている。中卒なんて、博の母親の話では、クラスに必ず一人か二人はいたし、博の学校でも、学校に嫌気がさして退学した生徒の話を聞いたことがあったので、博は、余り重要視していなかった。

「ははあ、そうですか。つまりあなたは、中学校を卒業した後、鍼を近隣の治療院の先生に習って、暫く鍼治療をやっていたという訳ですね。そして、20代のころ、直伝靈氣を習って、師範免許をとった。」

そういう経歴だったのか。普通の人なら、ここで、ちょっと変な人とか、疑いを持ってしまうことが多いはずだ。でも博は、それを気にしなかった。中卒であっても、玲さんは、あれだけの超能力がある人なんだから、すごい人なんだという気持ちが消えなかった。

「で、直伝靈氣伝授者として、暫く活動も続けていたんですね。それでは、少なくとも教祖に関わっていたこともあったんじゃありませんか。どうですか、我々が聞きたいのはそこなんですよ。お答えできませんかね。あなたも口が利けないながら、教祖と接点があって、そこから新たなテロの指示でも受けていたんじゃありませんか?あなたは口が利けないわけですから、秘密を打ち明けられたこともあったのでは?」

刑事たちは、まるで玲が犯人である彼のように問い詰めた。また間が開いた。

「だから!そういう変な手の動きはしないでもらえないでしょうか!それでは、自分たちをバカにいしていとしか思えないんですけど!」

刑事がそういっている。博はもう我慢できなくなって、歩道橋を駆け下りた。

「やめろ!玲さんは何もしていない!そうやって何でもうたがってかかるのがいいってもんじゃないぞ!」

そういいながら博は、刑事たちの前に駆け寄った。玄関先で玲さんが、筆談ノートを持って、困った顔をしているのが見えた。多分信じてもらえなくて、困っているんだろう。

「もう、アンタたちは、どうしてそう疑うんだ。なんでそう、バカにしたような態度をとるんだ!」

「ああ、ああ、君君。」

と刑事は、さっきの玲さんに対する言い方とは、まったく違う言い方で、博に話しかけてくる。その態度が、玲さんのものとは明らかに違っていたため、博は、びっくりしてしまった。

「あのね、君。今、おじさんたちは悪いことをした人を捕まえようとしているんだ。其れは、大事なことだから。君だって、この人に悪いことを仕込まれる可能性だってあるんだよ。それはいけないことじゃないか。」

刑事さんの態度は優しかった。

「待ってください。玲さんが、悪いところに入っていたという証拠はどこにあるんですか?どうして玲さんが悪いことをしたと断言するような態度をとるんです!」

博が必死になってそういうと、

「あのね、この人は、口が利けないという障害を持っている。それが何よりの証拠だ。口が利けないゆえに手の動きでしゃべったり、紙に書いてしゃべるわけだが、口に出していうより、一個間が開くんだから、いくらでもその間に捏造できるだろ。だから、疑ってかかるのが警察のやり方という訳でね。」

博は、どうして障害のある人というのはそういう風に扱われなければいけないのか、非常に憤慨した。

「ごめんね。でも、そうなっているんだよ。」

玲さんの右手がそう動いているのが見える。

「玲さんも、そうなっているなんていわないで下さい。それでは、玲さんが不自由になります。いや、不自由じゃないな、玲さんがちゃんとしないと、警察に疑われてしまいますよ!」

博は必死になってそう言ったが、玲さんはにこやかに笑っていた。

「そんな不条理な職務質問何て、、、。」

博は、そう言ったが、玲さんは、何も言わなかった。ちょうどこのとき、刑事の一人のスマートフォンが鳴った。その刑事の話を聞いていると、操作会議を始めるという事らしい。電話を切った刑事が、最初の刑事に耳打ちすると、最初の刑事はがっかりした顔をして、

「じゃあ、用事がありますので、我々は帰りますが、これからも、調べたいことがあったら聞きに来ますからね。」

と言い残し、二人はパトカーに乗って、もどっていってしまった。ちょうどその時、パトカーが走っていくのを目撃してしまった二人の人物がいた。親子は、博は知らなかったが、玲の超能力を頼ろうと思って来訪した人たちだった。二人は、そそくさと帰っていく。それを玲は悲しそうな顔で見ていたのであった。博は、下を向いていたので、これを気が付かなかった。

「玲さん。気にしないでください、玲さんは何も悪いことしてないんですから。それで、御金を儲けていようとしても、気にしないでいいですよ。玲さんは、そのまま続ければいいんですよ。」

博はそういうが、玲さんは、黙ったままだ。

「それでは、今日も依頼に来てくれた人のところに行きましょうよ。」

玲さんは黙って首を振った。

「玲さん、どういうことですか?」

博は、思わずそんなことをいってしまう。

玲は黙ってタブレットを差し出した。

タブレットには大量のメールが入っていた。博がそれを一つ一つ開いてみると、ほぼすべてが、依頼した施術を中止してほしいという内容ばかりだったので、おどろいてしまう。

「どうしてみんなこういう事を知っているのだろう、、、?」

博が聞くと、玲の右手が、ホームページという動きをする。

「ホームページ、、、?」

ふいに玲はタブレットを取って、素早く動かした。いつの間にか玲さんは、自分よりも流暢にタブレットを操作できるようになっている。とても中卒とは思えない。いや、中卒というと語弊があるかも知れない。なんだか高校受験を経験した自分より、頭がいいような気がする。

すると、玲さんは、タブレットを博の前に差し出した。これは、直伝靈氣の師範免許取得者の一覧表だ。その名簿の中に、何人もの直伝靈氣伝授者の名前が載っていたが、その真ん中の欄に中山玲と書いてある。そして、その隣には師匠の名が書かれていて、それはあの花野井の主宰者の名前だった。頭の悪い自分でも、花野井の主宰者の名は知っている。

「け、消すこと出来ないんですか!」

と、博は言ったが、玲さんは黙って首を振った。というのも、それは花野井のオフィシャルサイトではなく、直伝靈氣を普及している団体のウェブサイトだったからだ。

「玲さん、もう、この会も脱退してしまって、フリーランスとしてやっていきましょうよ。この師匠名を乗せていたら、玲さんがいつまでも不利になってしまう。ほら、フリーライターとか、今どこにも所属しないで、仕事をしている人だっているでしょう。それと同じだと言えばいいんですよ。」

「でも、」

と玲さんはノートに書いた。

「でも、どこで靈氣を習ったとかそういう所をはっきりさせないと、みんな信用してくれなくなりますよ。」

確かにそうである。皆、何処の大学を出たのかとか、誰に習ったのかとか、そういう事を、はっきりしておかないと寄り付かないものである。いってみれば優秀な人でないとだめなのだ。

「それではもう、この事業はだめじゃないですか!」

博は、声を上げた。

「ええ、そういう事です。これだけ、批判が殺到してしまうともう、こういうことはできなくなると思います。」

玲さんは筆談ノートにそう書いている。博は悔しくてたまらなかった。それでは、折角玲さんが人生の生きがいを見つけられたと思ったのに、、、。






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