第10話 面倒な日々に乾杯
「早く出勤してもらって悪いな雅」
「大丈夫っすよ、いつも親父が世話になってますし。」
俺は週3.4でここのバイトをしている。どこでかって?それは個人経営の居酒屋だ。俺みたいなならず者にとってバイトできそうな居場所は身内経由でないと厳しいからだ。後藤雅は有名だった、もちろん悪い意味で。ただ目の前に現れた敵をなぎ倒す、降りかかった火の粉を払うように、ただそれをするだけでいつの日か童顔ヤンキーと呼ばれた日々、そんな呪いの烙印は高校生になった今でも俺を苦しめた。そのせいで悪い意味で有名になった俺はバイトの面接は全てことごとく落ちている。だが捨てる神いれば拾う神あり、俺は従兄弟の親が経営している
実は中学3年の頃から密かにお手伝いでこの店の料理を作っていた。高校生になりバイトの面接を落とされまくっている俺を親父が気の毒になり秀治さんに俺を雇ってくれと正式に頼んだそうだ。そして快く秀治さんは受け入れてくれた。逆になぜ他のバイトに面接に行ったんだ?と怒られたくらいだ。俺の時給は1200円と高校生にはもらい過ぎな額である。その理由は中学時代のバイト代も一緒に払うという面目らしくむしろもっと払ってもいいくらいだと言っていたが俺が1200円で充分です。とそれを取り下げた。それにいつもお世話になっているし料理が上手くなったのも腐った俺が立ち直れたきっかけを作れたのもこの店と秀治さんのおかげだったからだ。
店主の森本秀治さんはクラスメート森本由香の父である。実は奥さんの久美さんは親父の妹でクラスメートの森本由香とは従姉妹同士。ちなみに秀治さんは親父と学生時代の親友で妹の久美さんと結婚すると決まると泣いて喜んでいたらしい。久美さんはおっとり系の清楚美人で学生時代クラスメートだけではなく親父の学年からも可愛い後輩として有名だったらしい。それだけが理由で生徒会長も務めていたとか。森本家の話はこのくらいにしよう。
今日は土曜日の午後3時、週末という事もあって料理の仕込みが忙しい。料理にもこだわりがあって、例えば出汁巻き卵はチェーン店だと手間がかかり数が足りなくなる事もあり、あらかじめ作って温めるだけの状態にするのだがこの店ではちゃんと注文を受けてから作るのである。そのためコンロは多めに用意されているから同時注文が来れば同時に複数作るらしい。厨房も結構広いし個人経営なのにすごいな。ちなみにそのスキルは俺も習得した。秀治さんには程遠いが。平日は基本奥さんと2人で回していてたまに娘の由香が手伝うみたいだ。アイツも料理は上手い、手料理もいっぱい食べさせてもらったがどれも一級品。見た目も可愛い、料理も得意、家事は久美さんがいなくとも難無くこなす、アイツはいい奥さんになるだろうな。
「今日は大事なお客様が予約しているから仕込みはきっちりしておけよ!」
「了解です。今日はラーメン出すんですか?」
「もちろん、予約のお客様の人数分な!」
「あらあなた今日はいつもより気合入ってるわね」
「そらそうよ、大事なお客様だからな」
「そうね。」
久美さんが微笑む、まさに菩薩のような…この人本当に俺の叔母さんなのかとか疑ってしまう。
ちなみに秀治さんの作る塩ラーメンは絶品だ、元ラーメン屋で居酒屋になった今もなお出汁にはめちゃくちゃこだわっている。失敗したら出さないがこないだ失敗したスープを飲ませてもらったが普通に旨かった。極めた者にしかわからない足りない何かがあるのだろう。
「今日なんだが、お酒とドリンクは久美に任せるから由紀は接客と会計を頼む。柴山さんと雅は焼き物で俺は刺し場だ。あとは後から来るが由香にも少し手伝ってもらう。」
「わかりました。俺は鶏肉と豚肉の下ごしらえをしてきます。」
「ああ、頼んだ」
刺し場はカウンター席の向こう側で主に
ちなみに紹介が遅れたが会話の中に出てきた由紀さんは由香の姉で大学生、こちらも血筋の通った美女で髪型はショートボブである。彼女目当てで来るお客さんもかなりいる。時給は俺と同じらしいが文句は言ってない。理由はもちろんどこ行っても大学生にとって1200円という高時給はなかなかないからだ。
「雅君、今日もよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
今日も由紀さんの笑顔は最高に可愛い、仕事のモチベーションも数段に上がる。そういえば大事なお客様ってどんな人なんだろう?そう思いながら2時間ひたすら料理の仕込みをする。春巻きや若鳥の唐揚げ、豚平焼きや、焼きそばの麺や具の量の調整、数えたらきりがない。よく賄いにして食べるのがチャーハン。この店で人気があるらしいんだが俺のおかげらしい。俺の作るチャーハンは味があっさりしているので女性層にも人気があるらしい。ちょいちょい満腹で食べ物は残されることはあるがチャーハンにしては珍しくどのお客様も残らず食べてもらえるらしい。ちなみに塩ベースの味付けで具はシンプルに玉子とネギと豚バラ肉と紅生姜を添えて。いろんなバリエーションのチャーハンを作るので常連のお客様からはチャーハン王子と呼ばれている。まぁヤンキーと懸念されるよりは遥かにマシだ。
2時間後、開店と同時にお客様が3組入ってくる。そのうちの1組は若いカップル。どうやら彼女さんが二十歳の誕生日だそうだ。彼氏さんは常連で彼女さんがカルーアミルクが飲んでみたかったらしくデートの帰りに必ず行きますと秀治さんに話していたそうだ。女性のお客様向けにも甘めのカクテルも用意している。彼女さんがカルーアミルクに舌鼓をしている様を微笑ましく思い俺は持ち場に戻ろうとすると彼氏さんが「王子!またいつものよろしく!」と声をかける。
「あいよー!」と返事をすると俺は彼の好きなあんかけエビチャーハンを作る。5分後彼に作ったチャーハンを提供すると彼は彼女に一口分盛ったスプーンを近づけると彼女はそれを口にする。彼女も満足そうに「美味しい」と返事をする。俺も作った甲斐があったものだ。彼も俺のチャーハンを口にすると旨いといって生ビールを流し込む。「これだよーこれ!」といって満足そうにしている顔を見ているとこっちまで嬉しくなる。持ち場に戻ると今度は焼き鳥の仕込みをしながら注文された料理を捌いていく。出汁巻卵に帆立の醤油バターに焼きおにぎり、そして30分後予約のお客様が…って見慣れた2人が入ってきた。
「あらーおかえり由香ちゃん今日は雅君もいるわよー」
久美さんがそう言うと由香は顔を顰める。
「あちゃー、やってしまったかー」
「どうしたんだよ」
俺は怪訝そうに返すと申し訳なさそうに由香が頭を下げる。
「雅、先に謝っとくわ。ホントごめん」
「どう言うことだよ」
「まぁ、説明するより状況を見てから判断してください。予約は私の友達だから」
少し嫌な予感がするが忙しくなりそうなので持ち場に戻ろう。
「まぁいいわ。忙しくなるから持ち場戻るわ」
「うん、あたしも後で手伝うから」
俺は背を向けたまま手を振り調理場に戻る、柴山さんにも悪いからな。
「おー雅、由香ちゃん帰ってきたのか」
「あーなんか予約のお客様が由香の友達らしいから後で手伝うって言ってましたよ」
この人は柴山さん、秀治さんの甥で24歳の若手サラリーマンだが週末はこうやって手伝いに来ているらしい。一応お金はもらっているが自炊したいと言う理由で調理場で働いているので本人はバイト代を稼ぐと言うより料理がうまくなりたいがためにやっているらしい。最も料理の腕は普通にいいんだけどな。
「今日の予約は由香ちゃんの友達なんだろ?お前のクラスメート達なんじゃないのか?」
「まぁそうですけど」
「由香ちゃん言ってたんだけど雅って女の子にモテるらしいじゃないか。」
「そんな事ないですよ」
「近くに由香ちゃんみたいな可愛い子もいるのに全く隅におけねーよな」
「あいつと俺はそんなんじゃないですよ。それに俺なんかよりもっといい男捕まえますから、心配ないですよ」
「へぇー、でも娘はやらんって強く言ってた叔父さんが雅なら全然構わないって言ってたっけなぁ」
初耳なんですけど。
「ほ、ほら、由香の気持ちも大事にしてあげないと」
すると柴山さんは俺を見るなりため息をつく。
「こりゃ由香ちゃんかわいそうだな…んじゃちょっと一服してくるわ。注文入ったらよろしく!」
「了解っす」
なんか最初小声で柴山さんがなんか言っていたみたいだが俺は気にせず手を動かす。柴山さんも持ち場の料理を淡々とこなしてお互いひと段落した後タバコを吸いに外に出て行った。すれ違いに由香が入ってくる。
「雅おまたせ!ちょっと盛り上がっちゃって。てかなんで顔出してくれないの?」
「いや、別に顔出さなくてもいいだろ。それに由香に謝られたから会ったらまずいんじゃないのか?」
「あ、そう言えばあたし言ってたね。」
申し訳なさそうに苦笑いする。
「どーせ神坂あたりが来てるんだろ」
俺はなんとなくだがそう思った。
「え、なんでわかるの?」
え?ほんとに来てんのかよ
「何ちょっとびっくりしてんの?まぁそのまさかだけど。」
まぁそうかなって。
「ああ、由香って神坂の事好きなのか?」
そう聞くと慌てて
「違う違う、そんなんじゃないよー。それに今日はバイト先が一緒だから打ち上げやろー的な?」
「へぇ」
って事はもしかして…
「うん、沙織ちゃんも来てるよ。」
やっぱりか。
「それと克義君とさなちゃんも」
「あいつらも来てんのか」
「うん、前の中学のクラス会も兼ねてだし。あ、あとなんかさなちゃんが若ちゃんから電話きてうちの店で集まってるからって話したら若ちゃんも来るって。それとなんか若ちゃんデートしてたみたいで」
「彼氏とか?」
聞いた事ないけど
「ううん、美夢ちゃんとだって」
あいつら最初出会い最悪だったのに2人でお出かけするほど仲良くなっていたなんて意外にも程があるわ。
ったく誰の差し金だよ!おまえか由香?しかし
「ねぇ、神坂君いるし雅がいるのまだ言ってるんだけど言わない方が良い?」
「まぁできればその方向でお願いしたいかな」
「うん、わかった。雅が言うならそうする」
由香はとても空気の読める女子でうちのクラスでは早苗と斎藤と特に仲がいい。そしてこの3人の共通して言える事がある、それは空気を誰よりも読むことに長けている。そして裏の気持ちも読むことができる。だから俺がここでバイトしていると言う事は誰にも言っていないのだろう。むしろ俺はそれに感謝し…
「おーい、雅。表でてこーい!友達が呼んでるぞー!」
秀治さんなにしてくれとんじゃー!由香の気遣いも虚しく終わってしまった。
「ふーすっきりした。んじゃ!ってあれ?雅?それと由香ちゃんも」
柴山さん曰くこの時の俺と由香は魂が抜けたような風に見えたらしい。
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