第13話 悲観主義者

 昼食を取る場所は電気師によって様々だった。ナセルの中で済ましてしまう人間もいれば、発電機から降りる人間もいる。もちろん、食事を取らずに黙々と作業を進める、職人気質の人間も居る。決まったルーチンが無いため、この時間がもっとも、他の電気師と鉢合わせになる可能性が高い。

 ミレイナ・クルトが発電機の上から監視し続けるのも難しい話で、私たちは、できるだけ電気師がいないであろう場所を進む必要があった。食事はレーションで、歩きながら取る。って言葉にしてしまえば簡単そうだが、レーションなんて不味くて食べれたものではないし、喉に詰まったり気管支に入ったりして咳き込みそうになる。


 そんな苦労をしながら私たちは草をかき分け、発電機の密接地帯に出た。私たち電気師はこの群のことを「ファーム」と呼んでいる。一つのファームは大体二〇機から三〇機で構成されていてそれを五、六人ほどの電気師が整備するのが基本だが、今回のメンテナンスでは特別な都合があって、二人だけ別のファームを担当することになっていた。


 遥か遠くには海が見える。今まで見えなかった海だ。それから私たちの側面には山で囲まれている。これら影響を受けてこの地域の風向きが複雑化する。風向きが複雑化すると、風車の回転軸が地面と水平になっている水平軸風車の発電効率が悪くなってしまう。そのため、ファームが異なると、発電機の型もガラリと変わった。


「背が低くなって、ブレードがなくなりましたね……それから、静かだ」


 発電機が動いていた場合、塔体の根元で会話をするのは難しい。ブレードが回れば、掃除機のような音を出す。しかし、このファームは比較的新しいタイプの構造を採用しているようで、ほとんど凪のような静かさを出していた。


「この発電機はダリウス型っていうの。私たちが今まで見てきたのが水平軸風車、こっちは垂直軸風車よ。このタイプは増速機も発電機も地上にあるから、今までみたいにタワーの根元でキットを展開するわけにはいかないわ」

「草むらの陰に隠れてキットを展開したいのですが、難しいですか?」


 ジャイディーの質問に私は唸ってしまう。その方法を取れば。電気師から見つからないとは言い切れないが、だからといって効果的な代替案が出せるわけでもなかった。草の陰だなんて、遮蔽物としては高が知れている。かといってそれ以上に素晴らしい隠れ場所があったわけでは無い。当初の計画では、このファームを担当している電気師を迅速に見つけて、自分たちの視界内に収めながらキットによる検査を進めていく、という話だったが、あたりを見渡してみても、電気師は全く姿を見せない。


「逃げた?」

「ミレイナさんに聞いてみたいのですが、離れすぎて通信機の電波が届かないようですね」


 事前の打ち合わせでは、このような場合、陰のできるところでキットを展開し、周りに誰かいないかを確認しながら、あたりを散策することになっている。


「探しましょう」と、ジャイディーはキットを組み立てながら話した。私は周りに誰かいないか警戒する。最悪、この場面を見られたところで不審がられるだけだ。死ぬわけでは無い。そのための言い訳も考えてある。


 自分の仕事場に見知らぬものを持ち込まれれば気に食わない人もいるだろうが、これは一見、風力計のようにも見えなくは無いため、誤魔化すことは可能だろう————ミスラを悪用する人間は別の話だが。

 イヴから聞いた話によると、ミスラと脳に埋め込まれている受信機は「常に通信しあっている」らしい。なんの情報をやりとりしているかは、もはや誰にも予測ができないだろう、とも彼女は言っていた。ミスラほど高度に発達した技術ならば位置情報や通信状況などはもちろん、感覚情報や生体情報も共有していてもおかしくないだろうと話す。


 私がジャイディーに電気師の常識や知識について教えていた時、少しの間だけ、イヴがミレイナの自宅に訪れていた。なにやら忘れていたことがあるらしく、ミレイナの場所を聞くと、すぐに彼女の居る部屋へと向かっていった。それからしばらくが経って、彼女は再び私たちが居る部屋を訪れた。


「地下都市の許容人数はご存知?」とイヴは私に問いかける。別れ際に、少しだけ話して帰ろうと思っていたらしい。赤毛の長髪をゴムで後ろにまとめていた。

「五〇〇〇万から二億人、でしょ」

「じゃあ今、この地下都市区域に居るのは何人ぐらいか知っている?」

「さあ。三〇万人ぐらいじゃない?」

「残念、五万人でした。私の言いたいことわかる?

 二億人っていうのはミスラの処理限界のことを指しているかもしれない。だって地下に空間を広げることなんて、彼らからすれば、造作も無いことでしょうからね。本来、二億人に向けるべき瞳が、現在、私たちたった五万人に向けられている」


 名前のとおり、神だと考えたほうが差し支えない、と彼女は言う。しかし、それは私のイメージとは大きく異なるため、違和感が私の胸のうちに生まれていた。ミスラとはいわば、スパナやドライバーのような道具の名前に過ぎない。ミスラそのものの力は恐ろしいが、結局は道具だ。本当に危険なのは道具を使う人間の方だと思っていた。けれど彼女はまるでミスラを大いなる意志のように考えている。


「別に、何かをしなさいってわけじゃないのよ。私たちはもっとミスラを恐れるべきなのかもしれないってことを、せめてあなた達に伝えておきたかっただけ。ミレイナは機械ではなく、人間こそ危険だって考えている。けれど、私は全然そうは思わない。この世界でまともでいるほうがイカれている。人を殺して回ったほうが、非常に精神健康的よ」


 ジャイディーは顔をしかめるが、彼女の言っていることにも一理あると考えているようだった。けれども、だからと言って何を気をつければ良いのか、と彼が聞いても、彼女は言葉を濁すだけで、はっきりとは答えない。


「イヴ。何か、私たちに隠していませんか。」とジャイディーは訊く。

「悲観主義なだけよ」と、彼女は伏し目がちに話して、扉の奥に消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る