拾弐 屈

 三ノ倉高原では、陸徒と香奈美がボッ娘の前で対峙を続けていた。もはや、山爺も戦いを阻害しないよう群集のそばへと下がっている。


「はっきりさせておくわ、あたしはあなたを疑ってる」

 腕組みをしながら、香奈美は告白した。

「にわか仕込みの知識もなしに、弥十郎を倒すなんてありえない。だから、なにか教えたりもしない。最低限の装備は与える、それだけよ」

 述べるや、持参したポシェット状の山菜採り袋から言葉通りのものを出し、対戦相手に手渡す。軍手と手提げ布袋、山界政府が市民へと配布している勾玉型のスマホだ。

「ど、どうも」

「もし本当に無知なままだとしたら」

 陸徒の礼など意に介さず、彼女は発言した。

「ちまたで噂の、おいしい山菜を見極められるご自慢の能力とやらで勝負するのね」


「――じゃあ、ルールの確認をするねぇ」

 唐突に、のんきな声色を挟んだのは亀姫だった。

「採取パートは三〇分、調理パートなし。山菜の数と味の両方を採点、その平均を評価とする。つまり、うまいものをたくさん採ったほうが勝ちっていう簡単な条件だよぉ。採りすぎには注意、ちゃんと次世代は残そうね」


 公表された審査基準に、群集はまたざわめいた。

「おい、どうだろう?」

「わかんないわよ。でも、コゴミは群生するから……」

「こっからでさえ見える。もしあの小僧が屈み弥十郎に勝ったんなら、香奈ちゃんはやばいんじゃねーか」


「もう一つ提案があるんだけど」

 亀姫が、顔の横で人差し指を立てて補足した。

「コゴミを評価対象から除外するってのはどうかな?」


 あまりの衝撃に、観客たちは息を呑んで静まった。

「ちょっとボッ娘!」食って掛かったのは香奈美だ。「ハンデとかいらないから!」

「んー」 

 しかし亀姫は、人差し指を口元に移しただけだった。

「弥十郎に勝ったって信じてないんでちょ、だったらハンデでもなんでもないじゃん。確かめてみたら?」

「違う! 山菜に無知なまま勝つわけがないってだけ」


「その場合でも心配ないじゃん。だって実のところ知識があるなら、別な山菜からもおいしいのを見出せるはず。実際それをやってのけた昨日の試合についての評判も届いてるはずだよ」

 と、幼女がにこやかに首を傾げて香奈美の方を向いた。

「ね」


「はあ、おれは構わないよ」

 先に、陸徒がうんざりした様子で承諾する。

「事実として無知なんだから。どっちだろうと変わんないしな」

 受けて、亀姫は満足げにもう一人へと問う。

「さてさて、香奈美たんはどうかな」

「……しょうが、ないわね」

 不満げながらも、ここまで言われれば彼女も拒否はできなかった。


「じゃあ決まりだね」

 眩しい笑顔で、デイダラボッ娘は起立する。

「勝負――」そしていったん屈むと、「よーい、ドーン!!」

 ジャンプしてばんざいし、宣言した。

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