拾壱 若松城

「あ、姉貴! 昂の姉貴、大変です! 大変でさぁーッ!!」


「どうしたってんだい藪から棒に」

 鶴ヶ城の天守最上階内部。絨毯の上に置かれた豪華な玉座から、制服の昂は戸木沢を迎えた。

 悪人面の部下が階段を駆け上ってきて、息を切らせながら目近で跪く。

 外見はさっき山ノ倉から消失した客だった。彼は目深に被った帽子と付けひげをはずして傍らに置き、戸木沢となって報告したのだ。

「はあはあ。れ、例の少年が……」

「前置きはいいよ」昂は不機嫌そうだった。「陸徒とかいう小僧について、なにかつかめたんだね」

 ちらと目線が正面上、整列する部下たち頭上の壁掛け時計に動く。時刻は、十二時の数分前だった。

「ゲームは正午から三〇分の予定だろうに。とりあえず見届けてから報告しろって指示したはずだけどねえ。なにも得ずに帰ってきたんなら、ただじゃおかないよ」

「へ、へえ。とんでもない事実が判明しやしたもんで!」


「そいつは、勾玉での連絡じゃすまなかったのかい?」

 指摘されて、初めて戸木沢はその手段を忘れていたことを思い出した。恐る恐る瞳を動かして窺うと、昂が冷たく視線をぶつけてくる。

「……正直、びびっちまったとこもありやす」

  素直に述べたほうがいいと判断したが、上司の顔つきは怒りを増した。慌てて言い繕う。

「で、でも、早めに直接お伝えしなきゃならないくらいの重大事項でありやすよ! お伽噺への危惧が実体化したんでさあ!!」


 周囲に控える山界政府の面々の誰もが、嫌な予感を態度に表した。


「……聞いてやるよ」

 必死の訴えに昂も興味を惹かれ、報告を了承する。

 ほっとした戸木沢は、恐縮しつつも献言した。

「陸徒って小僧の山菜戦績をボッ娘が確認しやしたんですけども……」

 言葉に詰まった。ぶるぶると震え、荒い息をする。

 昂は眉を潜めた。尋常でない様相に、周囲の部下たちも戸惑う。

 そこでやっと、戸木沢は発声したのだった。


「あ、あいつァ。〝屈み弥十郎〟を倒した、〝山嵐〟なんでさぁ!」


 カッ!

 ゴロゴロゴロゴロ、ピシャアン!!


 驚嘆が、稲妻となって天守中を駆け抜けた。


「じょ、冗談だろ」

 しばしの沈黙のあと、やっと部下の一人が口にする。

「ひと月前の神獣、〝山嵐〟だってのか!?」

 きっかけに、雪崩を打ったように部下たちが口々に喚く。

「あのノストラダムスも予言してたとか言われる、成立以来不動の山界政府要職を彗星の如く現れて敗北せしめた山を襲う嵐のような少年!」

「もともと支配に乗り気じゃなかった弥十郎が、ゲームに負けたことにして温厚な長に立場を譲っただけって見方もあったが。実在したのか!」

「今度はここを落としに来たんじゃ……」

「バカ、姉貴がそんな野郎に負けるわけねぇだろっ!!」


「……くっ」

 告知を耳にして以来、沈黙していた昂。それがこの時点で、ようやく声を洩らした。

「くっくっく、おもしろいじゃあないか」

「あ、姉貴?」

 不安げに戸木沢が主を見上げると、玉座から彼女は立ち上がった。

「あたいが直々に、潰してやるよ」

 北側の窓から、新会津若松市の一部である奥の旧喜多方市のさらに奥。三ノ倉の山を見据えた顔を怒りとも恐れとも取れる般若のように歪め、額に青筋を立てて昂は吼えたのだ。

「山嵐陸徒をね!!」

 その背後では崖っぷちに誇らしげに立つハイエナの幻影が、アオーンと遠吠えを上げていた。

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