第4話 再び、夏
「あんたのチームメイト、全員、私に彼氏居いひん前提で話しかけて来るんなんなん」
「まぁ、彼氏おる女は休みの日にわざわざ高校バレー観に来たりせんわな」
「柳くんは『女』なんか言わん!」
夏である。
私は夏が好きだ。
たとえ、狭くも住みよいワンルームの我が家に180㎝をゆうに超える幼馴染みが入り浸っていようとも、その身体の大きさと筋肉量ゆえに部屋が蒸し風呂になろうとも、窓の夏空がそのどっしりとした背のせいで狭くなろうとも、その男のセミよりしつこい求愛が暑苦しかろうとも。
とにかく、私は夏を愛している。愛しているのである。
「大学、どうするん」
「んー……」
夏である。柳くんの背が10㎝伸びたあの夏から、五度目の夏。
汗をかいた麦茶のボトル。半分に減ったグラスの中の麦茶は、氷で薄くなっている。
そんな夏の代表選手が並ぶテーブルには、前年度の春高バレー県予選で勝ち上がり、県代表に選ばれた浦川柳が突っ伏している。
「スポーツ推薦、貰てんねやろ?」
「……もし、運よく故障せんと四年通えたとしても、食うて行けんよ、バレーなんて」
「その選択で後悔せえへん自信ある?」
私の言葉に、柳くんは答えない。
「私は頭悪かったし、とりあえず早う自立したかったから、高校出てすぐ働いたけど。それは私がそうしたかったからやし」
「…………」
「それに柳くんが引っ張られることないよ」
突っ伏したままの背を見下ろす。
短く刈り上げられた襟足から首筋へと、つう、と玉のような汗が伝った。
「人生、一度の選択ミスで全部がダメになるなんて事そうそうないけどさ、柳くんのはちょっと特殊やろ。後悔はしたらあかんよ」
「……うん」
「最悪、私が養うたる」
「……なんで琴ちゃんそんなカッコイイん」
「アラサーパワーかな」
「ちゃうよ」
そう言って、柳くんは顔を上げる。
すっかり大人びた目。その意志の強さを現すような真っすぐの鼻筋と、高校に入って一気に男っぽくなった雰囲気。
相変わらず眩しいものを見上げるような目で、柳くんは私を見つめて。そうして、その大きな手で私の頬に落ちた髪を撫でた。
「小学校ん時、俺がバレーのクラブチーム入りたい言うて止めんかったん、琴ちゃんだけやった。やるならてっぺん取れ言うてくれたん、死ぬほど嬉しかった」
「……そうやったん」
「琴ちゃんは昔からかっこええよ。琴ちゃんのそういうとこが好きなんや、俺」
「……そ、う」
あ、やばい。頬が、耳が、どんどん熱くなっていくのが分かる。そんな私を見下ろして、柳くんは「ふ」と眉を寄せて笑った。
「琴ちゃんはアホやけど、頭悪うないよ。アホやけど」
「なんで二回言うた!?」
「推薦、受けるわ。やるからにはてっぺん取るまでやらんと。もしあかんかったら結婚してな、琴ちゃん。こんなおんぼろアパート出て、二人で楽しく暮らそうな」
「その流れはあかんわ、柳くん」
からん、と溶け出した氷が麦茶の中を泳ぐ。
私は夏を愛している。
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