第3話 残暑、そして春




 夏の暑さが和らいだ九月、伸び悩む私の業績を嘲笑うかのように、柳くんの身長が10㎝伸びた。


「誰やねん!」

「腰とかまだ痛いんやけど」

「まだ伸びる気か! すくすく育てよ!」


 そう、すっかり私よりも高い位置に昇ってしまった柳くんの目を見上げる。心なしか精悍になったように感じる顔つきが、夏の部活の過酷さを物語っていた。


「部活なんやっけ。サッカー?」

「嘘やろ。そこ間違う?」

「え、なにその反応」


 珍しく本気でドン引きしているらしい柳くんの、その表情の意味が分からなくて首を傾げる。そんな私を見下ろして、柳くんが「俺ってほんま可哀想」とぼやいた。


「バレーや。バレーボール。バスケと並んで、身長がモノをいうスポーツや。絶対180㎝以上になったんねん」

「少年、大志を抱きすぎ感あるで」

「男子三日会わざれば刮目して見よ言うやろ」

「なにそれ」

「ごめんな琴ちゃん……」

「なんやそれ! カンジわる!」


 結果的に、柳くんは中学の三年間で身長を30㎝近く伸ばした。成長ホルモンのバグか。


「春やね」

「そうやね」


 三年前と同じ通学路。

 高校一年生になった柳くんは、スポーツ推薦で入った高校の、真新しいブレザーに身を包んでいる。


 高い身長。すっかり鍛えて大きくなった身体。昔の、今にも折れてしまいそうな少年はもうそこには居ない。

 それでもその、まんまるの頭とまっすぐな瞳はそのままだ。


「なぁ、琴ちゃん」


 低くなった声。見下ろされるのにも、見上げるのにも、いつの間にか慣れてしまった。

 それでも。眩しげに私を見つめるその瞳の、その色には。愛をまっすぐに伝えてこようとするそれには、まだ、慣れない。


「琴ちゃん、俺と結婚せん?」

「するか、アホ」


 春から夏へ、残暑を越えて。

 初めての告白から三度目の、春である。




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