第8話 地下室
確かに木島の言ったことは正しかった。表面上は大人しいこの国の人々がネットの世界に書き込む言葉の荒々しさに俺は驚く。それだけ不満ならば、デモをするなり、煉瓦を投げるなりするのが多くの国での行動だが、この国は表面上は平穏そのもの。アルカイックスマイルの奥にこれだけの鬱屈した感情が渦巻いていることに驚きを禁じ得ない。
だが、いくら不満を抱えているとはいえ平和に慣れたこの国の人々がむき出しの暴力を振るう姿が想像できないかった。
「木島。先日の話だが、とても他者に対するテロに加担すると思えないんだが」
「まあ、そう思うだろうな。ミスターもまだ日が浅い」
木島は俺のことをミスターとだけ呼ぶ。ジョンもミスタースミスもしっくりこないそうだ。
「こう見えても日本人はテロの分野でなかなかのもんなんだぜ」
「というと?」
「まったく関係の無い第3国にまで出かけて行っての無差別テロを最初にやらかしたのも日本人なら、大規模なバイオ兵器テロを実施したのもそうだ。それに、車がテロの兵器となりうると証明したのも日本人だからな。これだけ実績があれば十分とは思わないかね?」
「ふむ」
「まあ、この国の大多数が牙を抜かれた状態なのはその通りだ。だが、穏やかに見える海の下では大きなうねりが潜んでいることもある。時にそのうねりが海面に表れた時は皆を驚かすことになるのさ」
「その割には対テロの対策がすすんでいるようには見えないが」
「ああ。前にも言ったろ。過去の失敗から学んで対策を作り出すのはあまり得意じゃないんだ。既にあるものを取り入れて改良するのは得意なんだが、あいにくと対テロのノウハウはそう簡単には公開されないからな」
「そうか。木島。あんたがそう言うならそうなんだろう。そういう意味じゃ、あんたは日本人としちゃ相当変わり者の部類なんだな」
「誉め言葉と受け取っておくよ。そうだ。これからちょっと付き合ってくれないか?」
木島に連れてこられたのは、東京南部の小さな工場が立ち並ぶ一角だった。そのうちの1つに敷地に木島は車を乗りつける。建物脇の扉を開けるとガシャン・ガシャンという大きな音が鳴り響いていた。その音に負けじと木島が声を張り上げる。
「この赤い線から中には入るなよ。怪我じゃすまねえ」
木島に導かれて奥の扉を開ける。そこで階段を降り、突き当りの扉を開錠する。電子錠とシリンダー錠のダブルロックだった。金属製の重い扉を開けて中に入ると埃とカビの匂いが鼻につく。木島がスマートフォンを取り出し、その淡い光で壁をさぐりスイッチを入れる。蛍光灯の明かりに照らし出された。
壁の一方は剥き出しの土壁になっていて、その前の天井のレールから吊り下げらえた綱で同心円が描かれたものがぶら下がっていた。木島はその反対側のキャビネットに歩み寄るとそこから今日の目的物を取り出した。黒くすべすべした材質のそれは俺が慣れた物からすると相当に軽い。不安になるほどだ。
炭素繊維強化プラスチック製の拳銃を受け取って俺はバランスを確かめる。
「軽すぎるな」
「まあ、そういうな。試しに撃ってみてくれ」
渡された弾倉を銃に装填する。
俺は標的に向かって半身で立つと右腕を真っすぐ伸ばして狙いをつける。引き金を引き衝撃が腕に伝わった。遊底はスムーズにスライドし薬きょうが排出される。つづけさまに更に3回引き金を引くと弾倉を抜いた。20メートルほどの先の標的には穴が4つ。一つは上端近くだったが、残りは円内に入っていた。
「さすがだな」
木島が感心した声を出す。
「いや。この銃も大したもんだ。ライフリングも刻んであるし、3Dプリンタで作ったとは思えないな」
木島は肩をすくめる。
「まあ、そうは言っても32口径弾しか発射できないし、4発しか装填できない」
「それで十分だろう。相手も木偶じゃないんだ。それ以上は撃たせてくれんだろうしな」
俺は握っていた拳銃を見やる。グローブのような俺の手の中では頼りなく見えたが、いい相棒になりそうだった。これなら金属探知機にも引っかからない。
「こんなものを隠し持ってたとはな。早く言ってくれれば俺も心配事が一つ減ったものを」
「まあな。でもその方が有難味が増すってもんだろ。前にオートピストルか軽機関銃が手に入らないかと言ってたのを忘れたのか?」
確かに大統領を警護している連中はより強力で射程の長い武器で武装している。拳銃では分が悪いのは事実だ。
「無い物ねだりをしても仕方ない。これがあれば20メートル以内に入ればチャンスがあるだけマシだ。32口径が威力が低いとはいっても頭にブチこめばいいだけだからな」
木島は部屋の反対側の標的に目をやった。
「そうだな。ミスターの腕前なら大丈夫かもしれない」
「もう少し慣れる必要はあるだろう。間違いなくごっつい兄ちゃんたちに囲まれてるだろうからな。すぐにターゲットの上に覆いかぶさるだろうし、時間的にも厳しい勝負になるだろう。だが、任せておけ」
俺は夢に見る光景を脳裏に思い描いた。
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