第7話 兵隊

 俺はこの日本という国で自由に動き回るための身分を手に入れた。もちろん生粋の日本人と同じというわけにはいかないが、いちいち在留登録にイミグレーションオフィスまで出かけていく必要がなくなったのは大きい。そして、俺は木島の持つ会社の一つで働き始める。


 これにはいくつかの目的があった。まずはカモフラージュ。何をしているか分からない人間は他人の不審感を呼び覚ます。とりあえず働いておけば相当量の疑念を封じることができるはずだ。そして言葉の問題。言葉を習得するには実際に使うのが一番だ。それで否が応でも日本語を使わなくてはならない環境に身を置くわけだ。


 単純な言葉だけでなく、習慣やしきたりを学ぶというのも大事だ。人の思考はその文化に基づいて影響を受ける。この国の人々はあまり自己主張をしない。グループ内では同じ方向を向くことが尊重され、他人に異を唱えるようなことはあまり推奨されないようだった。


 こうして俺はこの国とそこに住む人々について学びながら腰を据えて作戦を練った。

「木島。ちょっといいか?」

「なんだ」


「この国では銃は簡単には手に入らないんだろう。だからこそ警備員も丸腰だし、一般の警察官も拳銃しか所持していない。作戦遂行上それはプラスだが、こちらも銃が無いんじゃどうしようもない。裏ルートから十分な数を手に入れる当てはあるのかい?」

「いや。ない」

 木島はあっさりと否定する。


「じゃあ、どうするんだ? サムライよろしく刃物を振りかざしてバンザイ突撃でもするつもりか?」

「最小限の武器は手に入れる。まあ、俺とミスタースミスの分があれば十分だろう。武器だけあっても使える人間がいなければ宝の持ち腐れだ」


「あんたの部下はどうなんだ?」

「銃を撃ったことのある奴なんていないよ。それにあいつらを使うつもりはない」

「どういうことだ?」

「あいつらには家族がある。だから使わない。直前に全員解雇して俺との関係も絶つ」


「随分と情け深いんだな」

「まあ、俺達の酔狂に付き合わせる必要はない。それにこういう場合は失うものがあることは弱みになる」

「確かにそれはそうだな。分かった。だが俺達二人じゃとてもじゃないが無理だぜ」


「ああ。それは分かっている。目くらましや陽動に兵隊は必要だと言っていたな」

「そうだ。で、どこで調達する? 外国人だと身動きしづらいと言っていたのはあんただろ」

「陽動に使うなら別に訓練された兵士じゃなくてもいいだろう?」


「もちろんそうだが、まさかパートタイムのテロリストを募集するってんじゃないだろうな」

「そのまさかさ」

「なんだと?」

 木島は声が大きくなった俺の顔を見て口角を上げた。メフィストフェレスの笑みだ。


「この国の若いのには未来に絶望している奴らが結構いるんだ。あんたもなんとなく閉塞感は感じるだろう? この国には敗者復活戦が無い。だから一度人生の本道から外れるとお先真っ暗さ。低賃金で働き毎日生きていくのがやっと、それでいて将来にわたってそれが改善する見込みもないとしたらどうなると思う?」


「しかし、この国には余所者が入れないような貧民街や危険地帯はないだろう?」

「そうだ。だが不平分子はあちこちに分散しているが確実に存在している。鬱屈した気持ちを抱えながら日々を過ごしているんだ」

「なぜ、そうと言い切れる?」


「インターネットさ。商売柄いろんなブツの取引などで使ってる掲示板やらチャットルームにはそういう不満を抱えた人間がごまんといる。そして、ちょっと刺激を与えられると凶行に及ぶってわけさ」

「なるほど。そういう連中を使って飽和攻撃をするつもりだな」


「そういうことだ。どうせ、この先生きていてもいいことはない。オリンピックに現を抜かしている上級市民に一泡吹かしてやりたくないかと囁けばいい。彼ら一人一人は戦力にはならんだろうが、数が揃えばそれは立派な駒になる」

「いや。駄目だ。所詮は素人。正規兵相手には歯が立たない。蹴散らされて終わりだ」


「そりゃそうさ。俺だって素人をプロにぶつけて勝てると思うほどおめでたいわけじゃないさ。彼らはあくまで会場周辺で騒ぎを起こすだけだ。中にいる連中に大規模な攻撃を受けていると誤認させるだけでいい」

「結局同じことだ。中から出てきたボディガードに一蹴されて終わりだろう」


「ところがそうはならないんだ。この国は平和だからな。そういう緊急事態に対する自前の手順を持っていない。過去の事例をそのまま横引きするしか能が無いのさ。賢者は失敗から学び、愚者は成功から学ぶ。昔、テロリストがパリ郊外のスタジアムを襲撃したことがあっただろう。覚えているかい?」


 俺の表情の変化をとらえて木島は詫びた。

「いや。覚えていないはずがないな。今のは失言だった。悪かった」

「気にするな。先を続けてくれ」


「ああ。それで、あの時だがスタジアムの入口で襲撃を受けて要人は中に留まって救援を待った。外に出ようとしたら待ち構えている連中の自爆攻撃を受けているところだったんだ。あの時の対処法としては結果的に正解だったわけだ。きっと、今回の対テロマニュアルもそれを踏襲する。そこが狙い目だ」

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