第5話 再会

 不審に見られない程度にメインスタジアム周辺を散歩する。東京にしては珍しく緑が多く、ジョガーの姿も多かったので、外国人の俺がうろうろしてもおかしくはない。適当に切り上げて、歩いてシンジュクに向かった。


 シンジュクの端には地方政府のオフィスビルがあり、その高層階には無料の展望台があるので人気の観光スポットだった。高層ビルやタワーはいくつもあったが、どこも豪華な昼食1食分の入場料を取られる中で、費用がかからないとなれば人が集まるのも頷ける。


 30分程列に並んで待たされることになったが、その間、何気ない振りを装って、警備状況を観察して時間を潰した。一応は首都の市長が居る建物だというのに武装した警察官の姿は全く見えない。揃いの制服を着た警備員がいるが全くの丸腰で訓練用のダミー人形も同然だった。


 どうやら、執務エリアに入るには機械式のゲートを通らなければならないようだが、手荷物検査も実施しておらず、フリーパスと言っていい。思わず真剣に襲撃の検討をしていた俺は声をかけられて我に返る。列に並ぶ前の人間とは数人分離れてしまっていた。


 列の前の方では簡易テーブルがあり警備員がバッグの中身を目視で改めている。どうやら展望台に行くには手荷物検査があるようだ。だが、金属探知機も通さず、バッグの底も浚わないのであれば、セムテックでも何でも持ち込むことは造作ない。ボディチェックも無かった。


 エレベーターで一気に展望台まで上がる。空気がそれほど澄んでいないため眺望は期待したほどでは無かった。特に距離感覚を磨きたかった東方は他の高層ビルに遮られてあまり遠くまでを見渡せない。いくつかのランドマークを記憶にとどめる。これらにもいずれは上がって相互の位置関係を把握する必要がありそうだ。


 観光客を装って写真を数枚撮るとエレベーターで下に降りて時間を確認する。木島との約束まで1時間半ぐらいだった。複雑な東京の路線図を引っ張り出し、細かな図面と睨めっこをする。どうやら地方政府のビルの下に地下鉄の駅があり、ウエノの近くまで行くようだった。


 乗り込んだ地下鉄の車両は、環状線のものより一回り以上小さく窮屈だ。出入口のドアで屈まなければいけないだけでなく、車両内でも圧迫されている感じがする。30分ほど狭い思いをしてメトロを降りたときはせいせいした。案内図を確認して動物園に向かう。


 美術館や博物館の立ち並ぶ公園の一角に動物園はあった。入園料を払い中に入ると家族連れやカップル、児童の集団で混雑をしている。園内マップをチェックして指定されたサル山を見つけると、その場所を監視できるベンチに座ってスマートフォンを取り出した。


 こいつは便利な道具だ。色々なことを調べられるが、何よりもこいつをいじっていれば長時間同じ所に居ても他人の不審感を呼び覚まさない。スマートフォンに夢中になっている振りをしながら、周囲に気を配った。木島を信用していないというわけではない。ただ、まだその段階に至るまでの時間が不足していた。


 周囲の監視をしてみたが、怪しい人物はいない。動物よりも連れの女性への関心が明らかな青年、両親の手を引いて走る少年、雑談に夢中の中年女性。平和な光景の中で一番浮いているのは間違いなく俺だった。サングラスの下から、外したらこの場の雰囲気に合わない瞳で注意深く周囲の様子を伺う。


 約束の時間の5分前に木島が姿を現した。両脇に派手な若い女性を二人連れている。俺はベンチから立ち上がると何気ない足取りで木島の側に立った。深い穴の中に作られた山にいるサルを見ていた木島はふと視線を動かし、驚いたような表情をする。


「奇遇だな。ミスタースミス。日本へは観光で?」

 スラックスに開襟シャツというラフな格好の木島はそう言いながら右手を差し出してきた。

「ミスターキジマ。久しぶりだな」

 そう言いながら、木島の左右の女性にチラリと視線を走らせる。

 

 すると木島は、

「大丈夫だ。この二人は英語が分からない。カモフラージュだよ。あんた一人では悪目立ちしすぎる」

 そして、俺には分からない言葉、たぶん、日本語で連れの女性に話しかける。その片方がすっと俺の横に回り込んで腕を取った。


「さて、積もる話もあるだろうが、ここでは不安だろう。移動しようか」

 木島は残ったもう一人の女性をエスコートしながら歩き始める。後ろを歩き始めた俺に向かって、他愛もない世間話を始めた。一番人気なんだがパンダは見たかい? もう日本のメシを食ったか? まだ?


 それに対して適当に返事をしながら、俺はどこまで行くのか聞いた。

「すぐそこだ。公園を出た所に俺のレストランがある。そこの個室ならクリーンだ」

「へえ、あんたがレストランをやってるとはね」

「こう見えても俺はビジネスマンなんだぜ。手広くやっている事業の一つさ」


 15分ほど歩いて、大通りに面した建物に入りエレベーターで6階に上がる。ドアを開けると低いソファとテーブルが並んでいた。どういう店かは説明されなくても分かる。

「レストランね」

「ああ。食事を出すんだ。間違ってはないだろう?」 

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