第2話 復讐は我が命

 PMCの元上司はこの業界にしては物分かりが良く面倒見のいい男だった。俺のせいであの若さで総入れ歯になった司令官との間に入り精一杯俺の立場を擁護してくれたらしい。2週間の入院の後、医者が驚くほどの回復を遂げた俺に対して直接は何も言わなかったが想像すれば分かる。


 それまで頑なに現世への未練を断ち切っていた俺が急に体の回復に努めだしたのには理由があった。もちろん復讐だ。俺から大事なものを奪った奴に仕返しをするのだ。あの日、正しい座標と2つ数字を入力し間違えた間抜けなオペレーター、ミサイル発射ボタンを押したラファールのパイロットに代償を払わせなくてはならない。


 ただ、冷静になって考えてみれば、俺がフランスへ入国することすら難しい。そういう意味では司令官をぶっ飛ばしたのは短慮だった。訴追こそ免れたものの軍高官への暴行歴はしっかりと記録されており、査証が下りるとは当然思えなかった。俺は必死になって情報を集めてチャンスを伺う。


 そうこうするうちにオペレーターは退役し、酒に溺れて死んだ。自分の失敗に責任を感じて悩んでいたらしい。パイロットは別の作戦中に事故で死ぬ。俺は意気消沈したが、すぐに気持ちを切り替えた。こいつらは下っ端だ。そして、その罪に相応しいかはどうかは別に罰を受けた。だが、その責めを負っていない奴がいる。


 俺はテレビ画面の中のそいつを睨む。軍の最高責任者であり、あの作戦に最終的な認可を与えた男、フランス共和国大統領。こいつに自らのツケを払わせる。新しい任務に俺は熱中した。そして、すぐにフランス国内での作戦実行は不可能だと判断する。


 俺の中での怒りは未だに沸々と燃え盛っていたが、冷静さは失っていなかった。伝統的にフランスの最高責任者はテロの標的となってきたためにDGSEのガードは固い。一般的なフランスのイメージとは異なるが強権的な権利制限の発動も厭わなかった。自由・平等・博愛をモットーに掲げているのが笑止だ。


 俺の大事な家族を奪う遠因となった同時多発テロでも、すぐに戒厳令が発令されている。その後も小規模なテロが断続的に起きており、俺が作戦を実行する拠点を構えることも難しそうだった。となると、外国滞在中を狙うしかない。しかし、ピンポイントで時間と場所が確定しており、しかも十分な準備の時間が取れるイベントなど都合よくあるはずもない。


 いや。あった。2020年のオリンピック。極東の小さな島国で開催されるスポーツイベントには必ず出席する。次の開催国の大統領として絶対に顔を出すはずだった。今まで全く縁もゆかりもない場所だが、少し調べれば成功の可能性は格段に高いことを確信できる。


 あまりに治安が良すぎるために、治安当局も世界レベルでのテロ対策事情に通じているとは思えず、一般の警察官が持っているのは豆鉄砲だった。防弾ベストとバイザーを身に付ければ、モデルガンで討たれた程度の痛痒しか感じないだろう。一方で、水際での銃火器の持ち込み阻止に力を入れていた。


 外から持ち込めないのは痛手だったが、逆に言えば、その上に胡坐をかいて安住しているとも言える。付け入るスキは十分にあった。俺は作戦計画に夢中になる。様々な事項を検討した結果、現時点での成功率を20%程度と弾き出した。個人が計画する対国家元首相手のテロとしては悪くない数字だ。準備を重ねればさらなる成功率の上昇も見込める。


 ただ、この閉鎖的な島国で活動するには絶対に同国出身のパートナーが必要だった。この日本という国で自由を得るには、最低でも日本語を母語レベルで話せなければならない。俺がマスターするのでは時間が足りな過ぎた。それに、ゴリラのような俺は目立ちすぎ、いつ不審の目を喚起するか分からない。


 この難問の解決策は向こうからやって来てくれる。事件から半年経った日、妻と娘の墓参りに行くと数区画離れた場所で、その男は真っ黒な上等なスーツを着て炎天下に立ち尽くしていた。気温が110度を超える場所にふさわしい格好じゃない。昔からの習慣で脇の下をチェックするが何かを吊っている様子はなかった。見かけないイカれた野郎がいるなと思いながら、俺は携えてきた花を捧げた。


 墓の前で復讐の念を新たにして立ち上がると、まだ黒服野郎は立ち尽くしていた。白髪交じりの黒い髪をしたその男がふと俺の方に視線を向ける。そいつの黒い目を見た時に俺は悟った。どうやら、この男も同類らしい。目の奥には虚無と微かな怒りの炎が燃えていた。


 この辺りの人間と比べて顔の造作に凹凸の少ないことも見て取った時に、俺の頭に天啓がひらめく。俺はさりげなく、男が佇む方に近づき、地面に埋められた墓石の表面の文字を読む。YOKO NAKAYAMA。シェーラとアイラと同じように誤爆で亡くなった日本人の医師の名前だということに思い当たった。


「ミスター。ちょっと話がある」

 俺の呼びかけに答えず、男は背を向けて歩き出そうとする。背中で自分にかまうな、と言っていた。俺はその背中に言葉をぶつける。

「俺の妻と娘はフランスのせいで亡くなった。ひょっとしてアンタも……」


 一瞬だけびくりと体を震わせたが男はそのまま歩みを続けようとする。陽炎がゆらぐ中で俺は勝負に出た。

「俺はフランス大統領を殺る。お前も恨んでるだろ。日本のサムライさんよ。俺と組まないか?」


 男はやっと振り返った。

「サムライを探してるならお門違いだ。他所をあたってくれ。だが、あんたの話には興味が湧いた」


 


 


 

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