『無能』のケモノ:Leaf
8話:Leaf視点…出会いと後悔の序章
その日、私は――
自分がよく読む小説に登場するファンタジーの世界。特に好きな異世界に飛ばされる物語。
その異世界召喚を私は体験する事になった。
私が異世界に召喚されたのは、私が高校に入学して数か月が過ぎた頃。あともう少しで高校初めての夏休みが近付いていたある日の学園でそれは起きた。
それは昼休みの時間だった。
各々がそれぞれ家から持ってきたり、コンビニで購入した弁当や総菜パンと言ったものを食べていた。うちの高校は食堂はなく、購買があるのみ。
大抵の学生は家から用意するのが殆どなのです。
そして基本的に殆どの学生は自分のクラスで昼食を摂る。
一緒に机を重ねて食べるグループ。のんびりと自分の席で一人で食べる人。
私は基本1人で食べる派。時折この学園で出来た友人の子と食べたりする。その子は今日は別の子達と食べている。私も誘われたけど、私はあまり多くの人の中にいるのが苦手なのだ。だから今日は断わり後ろの自分の席で、異世界に呼ばれて冒険すると言った内容の小説を読みながら、ある方向にちらっと目線を向けながらパンを齧っていた。
そんな時だった。
いつもの時間が起きた。
私の視線の先にて3人の男女が、1人の…私にとっては大切な人に向けて罵声を上げ始めた。
「おいおいケモノ!お前ケモノ臭いだろうが!お前のせいでこのクラスがケモノ臭くなるだろうが!」
「本当よ!なんでここで食べてるのよ!」
「くふふ、空気を読むといい」
起きた事。それは単純に言葉による苛めだった。
クラス数人による1人の少年に向けての苛めだった。
苛めの標的にされている彼。その彼の名前は超陀ケモノ君と言う。
私と同じで変わった名前と言う事もあり、私はある時の出来事から彼の事をずっと気にしていた。
本当なら苛められている彼を守りたい。『止めて上げなよ!人の名前をそんな風に揶揄うなんて最低よ!』と罵倒する彼らに言いたい。
けど、けれども、私に彼を助ける事は出来ない。
なぜなら、それを彼が望んでいないから。
+
彼の苛めの原因。
その原因は彼の名前だった。
ただ彼の名前が『ケモノ』と言う変わった名前だったからだ。
その彼の名前を周囲の、特に男子が揶揄い苛めにしていた。
それはただの言葉の暴力に他ならない。
私には彼の気持ちが理解できる。
だって私も昔、小学生の頃に、自分の名前が、葉っぱの『葉』でリーフと読む変わった名前だった事もあり、良く揶揄われたりしたから。
私の
正直何で止めなかったの?と両親に聞きたかったりする。
子供って、人とちょっと違う事で騒ぎにする。
しかもその騒ぎの中心人物が周囲に人気のあり、権力もある人が筆頭になると騒ぎが大きく広がる。
私は自分のこの不思議な読みの名前が原因で小学校の時に揄いの対象になっていた。
『葉なのにリーフなんて変なの!』
そんな風に揶揄われ、私は涙を流す日もあった。
登校拒否をした期間もあった。
だった苛められるのは嫌だったから。
(何でこんなに私が苛められないといけないの!?何で私の名前を悪く言うの!?こんな変な名前じゃなかったらよかったのに!?)
そう思った。それはもう何度も、何度も。
そんな当然の流れで私は自分の名前が嫌いになっていた。
+
そんな日々が過ぎたある日。
私は彼に――『ケモノ君』と出会った。
その日も学校に行っても揶揄われるだけだからと行きたくなかった。
でも、両親に説得されて、私はモヤモヤとした嫌な気持ちのまま学校に行った。
その日は特に苛められることなくホッとする日を過ごした。
その放課後。
学校から自分の家に帰る途中に公園がある。その公園を通り抜けるのが家への近道なのだ。
早く家に帰りたかったので、私はその公園を通る事にした。
公園に足を踏み入れて直ぐに、私は何人かの子供が公園にいるのに気付いた。
私は怖くて相手に気付かれない様にと、反射的に近くの大きな木に隠れた。
私は木からこっそりと子供達の方に目を向ける。
本当なら相手に気付かれない様に、こっそり隠れながらここに私がいると言う事が知られない様に公園を抜ければ良かったのかもしれない。
だけどその光景を目にして私は既視感を得て気になったのです。
その光景は私と同じ……いや、私以上に酷いものだった。
その場にいたのは同年の小学生の男の子が4人。
その4人の内。1人の男の子に、3人の男の子が1人の少年に対して含みのある嫌な笑みを浮かべながら彼の名前を使った苛めをしていたのだ。
私はその光景に怖くてビクッと震えが走った。
何でだろうか。あの彼が苛められているのが、まるで自分が同じように苛められている。そんな光景が目に映るかのような気分になったのだ。
けど、私は自分の様に名前で苛められているあの彼が、目の前の3人の男の子に対してどうするのだろうか?
そんな興味を抱いた。
やはり苛めに負けて私の様に悔し涙を流すのだろうか?
そんな風に思っていると、その後の様子を木の影から窺っていると、苛められている彼に3人の男の子が酷く子供ぽい罵倒した後、多分リーダー格であろう少年が、何処か苛立った様に彼に砂をぶつけ、なんだかよく戦隊ものに出て来る敵役の様なセリフを吐きながら公園を後にした。
「はぁ…まったく酷いなアイツらは。人に砂を投げたら駄目くらい知ってるだろうに」
そう彼は溜息を付きながら呟くと、先程服にぶつけられた当たった砂をパンパンと叩いて落としていた。
「はぁ。さてっと……おい、そこの木に隠れてるやつ!」
(ビクッ!?あわわ、ばれてたの!?)
彼が私の隠れている方に目線だけ向けながらそう叫んだ。私は驚きビクッとその場に少し跳ねた。
どうやら彼は私がいたのに気付いていたらしい。
私はあわあわと、どうしよう!?と考えて、ゆっくりと樹の陰から出た。
そしてゆっくりと彼の方に歩く。
彼は私を見て、
「なんだ、女の子だったんだ」
私は彼に視線を彷徨わせつつ目を向けた。
(…わあ、なんだか猫の耳みたいな髪だぁ。それに、うん、優しそうな眼だな)
彼の、少年達の罵倒の中にあった、恐らく彼の名前である『けもの』である、うん。猫みたいだなと思えた髪型。どこか陰のある様だけど優しいさのある綺麗な瞳だと思った。
服装は男の子らしいTシャツ短パンに学校帰りだからランドセルを背負っていた。
「えっと…あっ」
彼のTシャツにはさっきの砂を当てられ汚れが付いていたのに気付く。
「悪いね、なんか変な所を見せちゃったみたいだね。…それじゃね。君も僕には関わらない方がいいよ。僕に関わると嫌なとこを見るしね」
服の汚れに気付いた私に、彼は苦笑しながらそう言う。そして彼は公園の出口に向かおうと身体を向ける。
「ま、待って!」
私は自分でもわからないけど無意識に彼に声を掛けて引き留めていた。
「ん?」と彼も何処か驚きのある表所を浮かべつつ歩を止め私の方に身体を向き直す。
「どうしたの?僕を引き留めるなんて。それとも…今度は君が僕に悪口を言うのかな?」
「違う…違うの」
「ならどうして?」
「私!蒼井…その、
私がそう言うと彼は眼を大きく驚いた表情を浮かべる。
おそらく急に自己紹介するのはどうしたんだろうか?と言う所だと思う。
私は自分の名前を告げるのに心臓が高鳴っていた。
彼が私の名前を聞いてどう思うのだろうと緊張していた。
「……そうなんだ。君みたいな可愛い女の子に相応しい可愛くて良い名前だね。…少なくともこんな僕よりはいいよ」
最後の部分は小声だったので聞き取れなかった。けど彼は私の名前を『可愛い』と言ってくれた。
そんな風に言ってくれたのは初めてだった。
私は男の子から揶揄われる事はあっても褒められた事がなかった事もあり、また可愛いと言われて頬が赤くなる。
「かわ、かわいい!?…はうぅ!?」
「ど、どうしたの?急に顔を赤くして、熱でもある!?」
「へっ!?だ、だいじょう、ぶ!うん!熱なんてないよ!」
「そ、そう?変な子だね、ははっ」
(うぅ、なんだか変な子みたいに思われた気がする…うぅ)
「えっと、君の事は『蒼井』?それとも『
彼がそう確認してくる。
「えっと…君には、その、ね。名前で…私を可愛いと褒めてくれた
「そうか。分かった。まあこれから縁がある知らないけど、よろしくね
「うん!よろしく……えっと、そう言えば君の名前、ちゃんと私知らないよ」
「あぁ…」
言葉を句切った彼。何処か迷いの様なものがある気がした。
一呼吸した後、彼は私に名前を告げた。
「僕の名前は、
「…ケモノ君」
私は彼の…ケモノ君の名前を噛み締めるように声にしていた。
そう声にした私にケモノ君は驚いていた。
多分呼ぶとしたら名字を呼ぶと思ったのかな?
あとは私が恐らく彼の名前を悪意無く呼んだ事に驚いたのではないかなと思う。
その後。
私とケモノ君は公園にあったイスに座りながらお互いの事を話した。
この時、私は楽しいと思えた。久しく浮かべていなかった笑みを彼に向けていた。
御互いに似た境遇故に意気が合ったのか時間を忘れるくらい楽しくお喋りした。
「そろそろ帰らないと」
そうケモノ君が言った。
「えぇ、もう少しお喋りしたのに」
私は凄く残念な気持ちだった。
もっと、私の名前を心から呼んでくれる彼と話がしたかった。
「さっき話したけど、この後帰ったら、僕が家で飼っている動物達にエサを上げないといけないからね」
ケモノ君はお家でたくさんの動物のお世話をしていると先程聞いた。
御両親が動物で飼っている事も。
彼の名前の由来を聞いてお互いに苦笑しあったなぁ。
大事なお世話なら仕方ないかな、と思う。
そして公園の出口の所で私と彼の家は逆方向だったのでここで別れる。
別れる前に私は彼に声を掛けた。
「ねえ、ケモノ君。またこうしてお喋りしたり出来るよね。私達、そのね、お、お友達になったんだし」
多分私は今までで一番真っ赤になっていたと思う。多分私は今日のこの出会いに、彼に淡い恋と言うものをしたのかもしれない。
そんな私なりの勇気を籠めて訊ねた。けど――
「ごめん。悪いけど僕と
「えっ!?」
私は絶句した。どうしてそんな風に言うの?
そんな思いになった。
「ど、どうして」
「……理由は僕と君とは同じじゃないからだよ」
「どういう事?」
「これから君は多分だけど可愛くその名前を認めてくれる友人を作れると思う。だから嫌われ者な僕と一緒だと君のこれからを台無しにしてしまう。だからだよ。僕と知り合いくらいなら良い。けど、友達はダメだ」
そうはっきりと私にケモノ君は告げた。
納得いかない!
私は彼にそう告げようとした。
けどそう告げようと彼を見て言葉が出なかった。
彼の瞳は真剣のある瞳をしていた。
彼の態度が如何なる事があっても変わらないと告げていた。
彼の雰囲気が私を心配してそう言った事を。
そうして私は彼に声を掛ける事が出来ず、彼の遠ざかる後姿を眺めるしかなかった。
私は涙を流しながら。
いつもの悲しい涙と種類の違うものを。
それから彼、ケモノ君(人前で呼ぶ時は名字で呼んでいた)とは話す期間は殆どなかった。
話すチャンスもあったけど、彼が遠まわしに私を拒絶していた。
それからして中学、高校に上がり(中学、高校とも彼と一緒だった)、彼の言ったとおりに私に対する名前による苛めはなくなった。それに友人も少ないけど私にも出来た。
それと逆に彼に対する苛めは続いていた。
私は孤独なそんな彼の助けになりたい!
でも、彼がそれを拒絶している。
どうしたらいいのか分からない。
でも……
もし―――ケモノ君が助けを求めたその時は、絶対にその助けの手をとって見せる!
そう強く思い決意していた―――はずなのに。
――――私は、彼を、ケモノ君を見捨ててしまった。
――――彼が初めて見せた助けを求める瞳を、私は逸らしてしまった。
――――そして彼は、私の手に届かない場所に連れていかれてしまった。
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